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映画『ワンダー 君は太陽』感想。

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『ワンダー 君は太陽』はアメリカのドラマを映画化した作品。トリーチャーコリンズ症候群と言う、顔が変形する病気の少年の成長ドラマ。原作の小説がほるぷ出版から出ているので気になる方は是非。

公開時、そこそこ話題になっていた気がるすのだけど、なんとなく今まで観ないまま来てしまったのだけど、なるほど素晴らしい作品だった。

大人だけでなく子どもにも観て欲しい名作だと思う。

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ワンダー 君は太陽

ワンダー 君は太陽
Wonder
監督 スティーブン・チョボスキー(英語版)
脚本 ジャック・ソーン(英語版)
スティーヴン・コンラッド(英語版)
スティーブン・チョボスキー
原作 R・J・パラシオ(英語版)ワンダー(英語版)』(ほるぷ出版)
製作 デヴィッド・ホバーマン(英語版)
トッド・リーバーマン(英語版)
製作総指揮 ジェフ・スコール
ロバート・ケッセル
マイケル・ビューグ
R・J・パラシオ
アレクサンダー・ヤング
出演者 ジュリア・ロバーツ
オーウェン・ウィルソン
ジェイコブ・トレンブレイ
マンディ・パティンキン
音楽 マーセロ・ザーヴォス

あらすじ

主人公のオーガスト(オギー)・プルマンはトリーチャーコリンズ症候群の10歳の少年。

トリーチャーコリンズ症候群は遺伝性疾患で変形した顔で出生する。オギーは幼少時から27回にもおよぶ手術を行い、入退院を繰り返していた。

今までオギーは自分の顔をジロジロ見られることが苦痛で学校へは行かず、母のイザベルの元で自宅学習を行ってきた。しかしイザベルはオギーが5年生となる夏、新入生が多い中等部のタイミングでオギーを小学校に編入させる。

小学校生活をスタートさせたオギーだったが、当然にようにいじめや差別が待っていた。

いじめを受けてふさぎこしまうオギー。オギーは自分の顔が普通ではないことを嘆いたが、両親や姉の励ましを受けて立ち直る。

オギーは学校生活に適応するため、家族に支えられながら懸命に行動を起こす。

オギーの顔の形がみんなと違うと囃し立てたクラスメートたちも、彼との交流を通して「人間の内面の価値には外見で決められない」ということを学んでいく。

障害児とその兄弟

障害や病気をテーマにした作品はそれだけで「泣ける」とか「感動出来る」って要素があるので、よほど考えて作らないと安っぽくなってしまう。

『ワンダー 君は太陽』の場合、今まで病気や障害をテーマにした作品になかった視点を突っ込んでいることを高く評価したい。

見た目に障害がある人物が主人公の映画はけっこうあるので「人間は見た目じゃないんだ」的なテーマは珍しくもなんともない。『ワンダー 君は太陽』の場合は、そこに加えて「兄弟の苦悩」を盛り込んでいる。

重い障害や病気を抱えた兄弟がいる子って、大抵の場合我慢を強いられることになる。

どうしても仕方がないのだけれど、親の関心が根こそぎその子に持っていかれてしまうので十分な愛情を受けることが出来ないだ。「他の兄弟にも目を向けてあげて」と他人が言うのは簡単だけど「無理言うな」って話だ。親の体力と気力は無限じゃない。

オギーにはヴィアと言う姉がいるのだけれど、彼女のセリフは障害をもった兄弟がいる子が感じている苦悩が現れている。

オギーは太陽で、私とママとパパは太陽を囲む惑星

「どんな人でも自分の人生において自分が主役なんだよ」なんて言葉があるれど、ヴィアにはそんな風には思えないのだ。実際、ヴィアはそれまでの人生で「自分が主役」だと感じたことがなかったのだから。

ヴィアは決してふてくされた子ではなく、むしろ「いい子」で、弟のことを愛している。大人目線で見ると、そこがまた切ないと言うか、いじらしいと言うか。

なんとも気の毒な役回りのヴィアだけど、彼女は友人や恋人との関わりの中で自己肯定感を高めていく。

ヴィアはハイスクールで演劇を選考して彼女自身の居場所と「やりたいこと」を見つけ、成長ていく。

『ワンダー 君は太陽』の主役はオギーだけど、ヴァアとオギーのダブル主人公体制と言っても良いくらいに、姉のオギーにスポットが当たっていて、丁寧に描かれていた。

感動ポルノ?

主人公のオギーについて何も書かずに、いきなり姉のヴィアについて熱く語ってしまった訳だけど、オギー周辺の話もとても良い。

「人は見た目じゃない。中身なんだ」ってテーマは今さら感があるし、障害児が頑張る物語も手垢がついた感じ。

「とりあえず、障害児がいじめを受けて、くじけず頑張って受け入れられていったら感動するよね?」って話な訳だけど『ワンダー 君は太陽』は「頑張る障害児の物語」の枠を越えた少年の成長物語として仕上がっている。

オギーは素敵な少年だけど、決して出来過ぎた子どもではない。家族や友達と関わることで少しずつ成長していくのだ。

そしてオギーの周囲にいる子ども達もとても良い。

親友ジャックはなかなかのグッドルッキングボーイで頭も良い。オギーからすると恵まれた子どもなのだけど、母子家庭で奨学金を貰わなければ勉強を続けることが出来ない境遇にある。

またオギーをいじめていた親玉のような少年はお金持ちのお坊ちゃんなのだけど、両親がモンスターペアレンツで「人として最低」な部類の人間なのだ。息子はそんな親を恥ずかしく思っている節がある。

人はついつい自分と他人を較べて「羨ましい」と思ってしまうものだけど、誰もがなにがしか抱えて生きているのだ。作品に登場する子ども達の人物設定を丁寧に作り込んでいるところは素晴らしく良かった。

そして、そんな子ども達の中に芽生える「男の友情」である。

特にラスト近く、サマースクールで上級生と喧嘩をする場面は控えめに言って最高。たぶんだけど『スタンド・バイ・ミー』とか好きな人ならグッとくると思う。

大人もいい味出してた

子どもが主人公の物語なので、どうしても子どもばかりに目がいきがちだけど、子ども達を囲む大人もなかなか良かった。

オギーの両親が出来た人だ…ってのもそうだし、オギーの姉のヴィアに溢れるほどの愛情を注いでくれた祖母も素敵だった。

そして最高に素敵だったはオギーの通う小学校の校長先生。オギーの良き理解者としてだけでなく、オギーをいじめる子もしっかり受け止めてくれた場面は最高だった。

子どものは勝手に成長していくものだけど、子どもを良い方向に導く大人の存在は重要だと思うのだ。

『ワンダー 君は太陽』はネット用語で言うなら「優しい世界」でしかないと思う。

だけど映画の中くらい「優しい世界」があっても良いと思うし、優しい世界を目指していくのが人としての道だとも思う。

『ワンダー 君は太陽』そうとう本気でオススメしたい良い映画なので気になる方は機会があれば是非見て戴きたいと思う。

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白い木蓮の花の下で