前回読んだ『小箱』は小川洋子のグロテスクさが全開になっていたけれど『約束された移動』は大人の童話路線だった。
ただし、大人の童話…と言ってもほのぼのとしたハートフルではなく、地味に毒を仕込んでいて、初期の小川洋子作品が好きな人にはグッとくる短編集で私もグッときた。
『博士の愛した数式』のよう「いい話」では物足りない人にオススメしたい。
今回の感想は軽くネタバレ(と言うかあらすじの説明)があるので、真っ白な状態で作品に挑みたい方はご遠慮ください。
約束された移動
ザックリとこんな内容
- 『約束された移動』『ダイアナとバーバラ』『元迷子係の黒目』『寄生』『黒子羊はどこへ』『巨人の接待』からなる短編集。
- 表題作はある高級ホテルのスイートルームの客室係とハリウッドの俳優との密やかな物語。
- どの作品も「移動」がテーマになっている。
感想
ここ最近の小川洋子は本当に良い。
ハートフル路線ばかり書いていた頃は「もう、あの残酷な小川洋子は戻ってこないんだ…」と絶望したものだけど、私の知っている小川洋子が完全に戻ってきたのだと確信した。やっぱり、小川洋子はこうでなくちゃ。
美しい文章なのに知れっと怖いことを書いてきたり「その観点って人としてどうなんですかね?」的な視線を突っ込んできたりするところにゾクゾクしてしまった。
例えば『元迷子係の黒目』は斜視の女性と子どもが登場する。2人の関係を淡々描く物語だと思って読み勧めていたら、子どもが世話をしていた熱帯魚を全滅させてしまうエピソードが登場する。なんと言うか…地味にエグい。
気持ち悪い描写はひとつも書かれていないけれけど、全滅エピソードの前に、美しい熱帯魚の様子を執拗に描くことで、全滅させてしまった残酷さが際立つ仕組みになっているのだ。
他の作品も美しく描いているくせに「それって、どうなんですかね?」と思わずにはいられない部分をキッチリと仕込んでいる。『妊娠カレンダー』でグレープフルーツジャムを作るあの残酷さにグッときた方なら、感じるものがあると思う。
久しぶりに小川洋子の書く大人の童話系の作品を読んでグッときた。