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サヨナライツカ 辻仁成 世界文化社

何ページか読んだところで「これは、なんのドリーム小説?」と首をかしげてしまった。

結婚を前にした青年の前に突如現れる謎の美女。しかも据え膳。

青年はもちろん食ってしまったりなんかして、そのまま2人は性と恋に溺れていくの巻。ハーレクインロマンスも吃驚の展開である。

「いまどき」からすると感覚が古過ぎるように思う。あるいは、ここ何年も「王道・定番」が流行りなので、これもアリかも知れないけれど。

男性の都合の良い恋人が現れる男性版ハーレクインロマンス…って感じだった。

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サヨナライツカ

「人間は死ぬとき、愛されたことを思い出すヒトと愛したことを思い出すヒトとにわかれる。私はきっと愛したことを思い出す」。

“好青年”とよばれる豊は結婚を控えるなか、謎の美女・沓子と出会う。そこから始まる激しくくるおしい性愛の日々。二人は別れを選択するが二十五年後の再会で…。

愛に生きるすべての人に捧げる渾身の長編小説。

アマゾンより引用

感想

「ずっと1人の人を愛しぬきましたとさ」というオチは私の好むところではあるけれども、この小説の主人公達には、ビタ一文も共感出来なかった。

2人とも「恋」に対して覚悟がなさ過ぎるのだ。「その程度の覚悟が出来ない…ってことは、本物の恋では無かったのでは?」と思ってしまった。

なのに、いつまでも引っ張っているところがどうにもこうにも。

主人公達は、自分自身へも、恋愛相手に対しても、そして自分を愛してくれる人(家族や友人)にも、適当なあしらいで生きているように思われる。

ただ、唯一考えさせられたのは「人間は死ぬとき、人を愛したことを思い出す人と、愛されたことを思い出す人に分かれる」という一節。

この作品の中では「本当の愛を知ったので、愛したとを思い出す派になりました」という展開があるのだけれど、果たして人間の心はそんなに単純なものだろうか?

これって性分のような気がする。「愛し・愛され」って、もっともっと業の深いもののような気がするのだけど。

なんとなく、胸がきゅるるん…となる恋愛小説を読みたくて手に取ってみたのだけれど、私の好みには合わない1冊だった。

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白い木蓮の花の下で
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