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映画『箱の中の羊』感想。

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是枝裕和監督作品『箱の中の羊』は死んだ子どもの代わりにヒューマノイドを迎え入れる夫婦の物語。第79回カンヌ国際映画祭で長編コンペティション部門に選出されるも受賞には至らなかった。

是枝裕和はこれまで『そして父になる』『誰も知らない』『怪物』など家族をテーマにした作品をいくつも送り出しているが『箱の中の羊』もその系譜と言っても良いと思う。

残念ながら『箱の中の羊』はこれまでの作品よりも世間的な評価が低いようだけど、私は面白かったし考えさせられる作品だった。考えさせられる…と言うより考察したくなる作品と言うべきなのかも。

回は盛大なネタバレ込みの感想なのでネタバレNGの方はご遠慮ください。

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箱の中の羊

箱の中の羊
監督

脚本

原案

是枝裕和
製作 松崎薫
伴瀬萌
出演者 綾瀬はるか 大悟(千鳥) 桒木里夢
清野菜名 寛一郎 柊木陽太
角田晃広 野呂佳代 星野真里
中島歩 余貴美子 田中泯
音楽 坂東祐大
撮影 近藤龍人
編集 是枝裕和
公開 日本 2026年5月29日

あらすじ

物語の設定は少し先の未来の日本。

建築家の甲本音々(綾瀬はるか)と、工務店の2代目社長・健介(大悟)夫婦は、2年前に踏切事故で7歳の息子・翔を亡くし、深い喪失の中で生きていた。ドローン配送や見守りロボットが日常に溶け込んだ近未来の風景の中で、二人の時間だけがどこか止まったままだった。

ある日、夫婦は翔と同じ顔・声・記憶を持つヒューマノイドを家に迎え入れる。到着した日、「おかえり」と駆け寄り喜びを隠さない音々に対し、健介は硬い表情のまま距離を置く。「パパだよね」と問いかけるヒューマノイドの翔に、健介は「おじさんでええよ」と答えるのだった。

二人の悲しみの形はまったく違った。音々は翔の面影をヒューマノイドの中に重ね、少しずつ家族の時間を取り戻そうとする。

一方の健介は、息子の死を「事故」ではなく「誰かが殺した」と疑い続けており、翔の記憶を持つヒューマノイドを犯人探しに利用しようとする。ヒューマノイドという存在を前に、夫婦がそれぞれに抱えていた想いと亀裂が、少しずつ表面に浮かび上がってくる。

翔(ヒューマノイド)は何でも即座に答えることができる存在だった。しかし音々は徐々に、その即答ぶりに違和感を覚えていく。迷い、口ごもり、悩んだ末に言葉を選ぶ——そういう「間」こそが人間であり、翔はそれを持っていなかった。一方、工務店の老職人・昭男(田中泯)から「死んだ木にも魂が宿る」という言葉を聞かされた翔は、少しずつ変化を見せはじめる。音々から「迷いながら答えを出すことの尊さ」を教わるうちに、すぐに答えを出さず、考え込む翔の姿が生まれてくる。

そんな中、翔はGPSを取り外し、仲間のヒューマノイドたちとひそかにつながりはじめていた。彼らはやがて人間の世界から離れ、自分たちだけのツリーハウスを森の中に建て、自立した共同体を作ろうとする。自我に目覚めるほどに翔は息子の代替ではなく、一人の別の存在になっていく。

婦は最終的に、翔の旅立ちを見送ることを選ぶ。

子育てに向かない家

『箱の中の羊』で甲本夫妻が暮らしているのは建築設計事務所・風景研究所(大島碧氏、小松大祐氏)が設計した「多重の家」とのこと。北鎌倉にあって傾斜を上手く利用した個人住宅。個人住宅なので知りたい人は「風景研究所 多重の家」で検索して戴きたい。

倉の風景に溶け込んだお洒落な住宅なのだけど、残念ながら子育てには全く向かない。あくまでも大人が楽しむ家であり、子どもへの配慮が一切ない建築物だった。

物語がはじまった時、私は「なるほど…子どもを亡くした夫婦は子どもの思い出を消すために新しい家に引っ越してきたんだな」と理解した。だけど実際はそうじゃなかった。子どもの思い出の染み付いた家で夫婦は生活していて「マジかぁ~。子育て世帯にこの家は無いわぁ~」と苦笑を禁じ得なかった。

子育て経験がある人、そうでなくても保育士や教師をしている人なら映画に登場する家を見て「落下事故大歓迎の家だな」と思うに違いない。印象的な一場面をAIに描いてもらったので、ちょっと見て戴きたい。

箱の中の羊

箱の中の羊

この住宅には建物と建物を繋ぐ渡り廊下のような部分があるのだけど、そこはコンクリートむき出しで手すりも何もない。落下事故真っしぐら……どころかヤンチャ盛りの小学生男子なら「度胸試しに飛び降りる」くらいはやると思う。自宅の中の階段や踊り場等もお洒落重視で手すりも柵もなく乳幼児、落下し放題……という状況。

私は思った。「素敵な家であることに間違いないけど、甲本夫妻はこの家で子育てをしようと考える親だったんだ…」と。

どもではなく大人主体の家。家族の家でありながら、そこに子どもの入る余地がないような不安定さを感じてしまった。子どもが中心となり得ない家。大人が快適に過ごす家。

ビング・ダイニングが映し出される場面が何度となく出てくるのだけど、音々と健介が2人で食事をする場面は無かったか、もしくは回数が劇的に少なかったように思う。食事をするのは健介1人。素敵でお洒落な甲本家に「家族」の絆が感じられないところから、居心地の悪い空気を感じた。そして居心地の悪い家にヒューマノイドの翔がやってくる

翔の死因は何だったのか?

さて。家の話はここまでにして、物語の核心に触れておきたい。

甲本夫妻は亡くした子どもの替わりにヒューマノイドと暮らす選択をした訳だけど、亡くなった翔の死因は何だったのか? 映画の冒頭では伏せられているが、物語が進むにつれて真相が明らかになってくる。

実子の翔は電車事故で亡くなったようだけど、彼が事故に至る経緯について、甲本夫妻はそれぞれ翔の死に関して割り切れないものを抱えていた。

  • 甲本音々(母)→ 翔の迎えに行くつもりだったが、実母(翔からみたら祖母)が突然、遊びに来たため普段通りの行動が出来なかった。実母さえ来なければ翔は死ななかったのではないかと考えている。
  • 甲本健介(父)→ 妻から「自分の代わりに翔を迎えに行ってほしい」と電話があったが、パチンコが辞められなかった。健介が翔を迎えに行った時、既に翔は1人で帰った後で、その道中で翔は事故死する。しかし翔の死は事故ではなく「誰かが翔を殺したのではないか?」と疑いを抱いている。

音々も健介も「自分がしっかりしていれば翔は死なずに済んだのでは?」と言う思いと「誰かのせいで翔が死んだ」と言う思いとを抱えている。

完璧な親なんて存在しない。誰も2人を責めることは出来ないのだけど、我が子を自分の不手際で亡くした親の心に慰めの言葉は届かないのだ。

ヒューマノイドの独立

甲本夫妻とヒューマノイドの翔の生活が進んでいくのと並行して「翔以外のヒューマノイド」の物語も進んでいく。

「死んだ誰かの代わり」として作られたヒューマノイド達は、家族の一員として受け入れられたが、全てのヒューマノイド達が家族の一員として温かく迎え入れられた訳ではなかったし、夫婦が新たな子どもに恵まれたりする等の理由から邪険にされたり、虐待を受けたりするヒューマノイドも登場する。ヒューマノイドは自分達だけで独立して生きようと集まるようになっていく。

これはヒューマノイドの悲劇……とも言えるのだけど、子どもの虐待は普通に起こっている事例でしかない。そして独立しようとするヒューマノイドの集団の中に虐待を受けた人間の子どもも混じっていた。

是枝裕和はこれまでも『誰も知らない』『万引き家族』『怪物』の中で子どもの虐待を取り上げている。家族の歪さと子どもの虐待は是枝裕和のテーマなのだろう。長年、テーマとして取り上げてきただけに虐待のリアルさは流石だと思った。

是枝裕和の描く中年男性像

『箱の中の羊』は最初から最後まで「なんか居心地の悪い嫌な感じの映画」なのだけど、その中で甲本健介を演じた大悟がなかなか良い味を出していた。是枝裕和はちょっぴり残念な中年男性を描くのが滅法上手い。

『そして父になる』の時は「駄目人間だけど魅力的な父親像」を演じたリリー・フランキーが印象的だったけれど、大悟も負けていない。自然過ぎるほど自然な演技だった。

健介はぶっきらぼうで、品がないけど、悪いヤツではない工務店の社長。最初はヒューマノイドの翔を受け入れることができなかったけれど、いつしかヒューマノイドに情を感じるようになっていく。大悟の低い声で喋る関西弁が良い味を出していた気がする。

女性に対する厳しい視線

では、甲本音々を演じた綾瀬はるかはどうだったか?

綺麗でしたよね。綾瀬はるか。美人でホント素敵。あんな美しい人を妻に出来る健介は幸せ者ですよね……と言いたいところだけど、甲本音々と言う役どころは女性から見ると「嫌な女」でしかない。母親としてはイマイチだし、我が子の死を自分の親のせいだと思い込もうとしているあたりも見苦しい。

そもそも建築の仕事をしているのに、あんな家で子育てをしようとするあたり意味不明過ぎる(これについては、元ハウスメーカー勤務の私が感じた極めて個人的な見解です)。

だけどこれは綾瀬はるかが悪い訳じゃない。甲本音々って役どころが酷いのだ。

そもそも是枝裕和が女性を描く時って愚かであることが多い。『誰も知らない』の母親(シングルマザーで男に走り育児放棄をする)とか『怪物』の校長先生(保身のために自分のミスで孫を死なせた罪を夫に被ってもらった)とか。

「是枝裕和は女性に恨みでも持ってるんじゃないの?」と邪推してしまうほど。是枝裕和の描く男性像は「ダメ人間だけど、どこか憎めないよね」ってパターンが多いのに対して、女性像は「こいつ…クズだ」と思わせるような描き方が多い。

綾瀬はるかの美しいビジュアルで中和してこその甲本音々だったのだと思う。

『星の王子さま』と箱の中の羊

最後にひとつ。『箱の中の羊』の題名は『星の王子さま』の「箱の中の羊」に由来する。箱の中身は見えない。それでも信じる者には存在する。

『星の王子さま』は作中で音々がヒューマノイドの翔に読み聞かせをする場面があり、ヒューマノイドの翔に星の王子さまのスノーボールを買い与えたりもしている。ヒューマノイドの翔はヒューマノイド達が自立して暮らす森をジオラマで作るのだけど、星の王子さまの人形を自分に見立てていた。

果たしてヒューマノイドの翔に魂はあったのか? 今後、自立したヒューマノイド達はどんな存在としてあり続けていくのか? そのあたりの問いについては「あなたのご想像にお任せします」というスタイル。

『箱の中の羊』の感想は色々とまだ書き足りないのだけど「どうしても書いておきたい」ってところは、ひとまず抑えたので一旦オシマイ。気が向いたら書き足していきます。

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