雰囲気自体はすっごく好きだ。
主人公の住む鄙びた村は、子供の頃に遊びに行った鹿児島の曾祖母の村を思い出させて、目頭が熱くなってしまったほど。
こういう穏かな人間関係のある暮らしに憧れてしまう。自分の領域を守りながら、しかし人と関わって生きて行く……みたいな。
絵描きの植田さん
ザックリとこんな内容
- 主人公は題名の通り絵描きの植田さん。
- 植田さんはかつて、恋人と聴覚をいっぺんに失った。
- ある日、凍りついた湖を渡って、母と娘のメリが引っ越してきた。
- 娘メリによって、植田さんの心が解きほぐされていくが…
感想
元・スケーターのおばさんと、その夫が経営している食堂の雰囲気なんて最高なのだ。
つれづれに「私だったらこういう食堂を作りたい」と頭の中で思い描いていた食堂と吃驚するぐらい似ていた。
旬の物を使って作った「おかず」が食べられる食堂っていいよなぁ。学生さんの胃袋を満たしたり、働く人の居酒屋だったりするような。
ずっと前から「食べ物屋さんで働く」のが密かな夢なので(HPの自己紹介にもジャム屋を開業したい…なんて書いたくらい)人間が美味しそうに食事をしている場面にはハートを鷲掴みにされてしまう。
小食な植田さんが、おかわりをしてしまう食堂……素敵過ぎる。
さて。肝心の物語だけど、そちらの方は「まぁ、こんなもんか」という程度。
文章はとても美しいのだけど、やっつけ仕事的な印象を受けた。
いしいしんじ特有の「訳のわからない感じ」が無くて、いまどきの女性作家さんが好んで書きそうな、ただの綺麗な話に終わってしまっていたのが残念しきり。
食堂のおかみさんが作る「木の芽和え」だの「自家製肉味噌」だの、なんだか食べ物のことだけが印象に残った作品だった。