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映画『劇場アニメ「ベルサイユのばら」(2025年版)』感想

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劇場アニメ『ベルサイユのばら』池田理代子の漫画『ベルサイユのばら』が原作のアニメ作品。『ベルサイユのばら』は1972年から1973年にかけて連載されているので、かれこれ50年以上前の漫画…と言うことになる。

『ベルサイユのばら』は1979年テレビアニメ化されていて劇場版(映画)もある。宝塚歌劇でも上演されている。またフランスでは実写映画化されている。

今回は「古い作品であるとこ」と「ここまでくると、もはや古典」と言うことでネタバレありきの感想となります。ネタバレNGの方はご遠慮ください。

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劇場アニメ『ベルサイユのばら』(2025年版)

劇場アニメ「ベルサイユのばら」
監督 吉村愛
脚本 金春智子
原作 池田理代子
ナレーター 黒木瞳
出演者 沢城みゆき 平野綾 豊永利行
加藤和樹 早見沙織 銀河万丈
音楽 澤野弘之
主題歌 絢香
「Versailles – ベルサイユ -」
公開 2025年1月31日
上映時間 113分

あらすじ

特は1755年。ヨーロッパの3つの国に、やがてフランスのベルサイユで宿命的な出会いを待つことになる3人が生まれた。マリー・アントワネット、ハンス・アクセル・フォン・フェルゼン、そしてオスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ。

1770年春。オーストリア帝国・ハプスブルク家の皇女マリー・アントワネットは14歳でフランスのブルボン家に嫁いできた。

王太子妃を護衛する近衛士官オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェは由緒ある将軍家の末娘でありながら後継ぎとして剣も学問も修めて男として育てられる。

異国の宮廷で孤独を深めるアントワネットはパリ・オペラ座の仮面舞踏会でスウェーデンの貴公子フェルゼン伯爵と知り合い恋に落ちる。

原作漫画へのリスペクトが凄い!

『ベルサイユのばら』が再アニメ化するとの情報が流れた時。テレビアニメ版を知る世代のヲタク達からは様々な意見が飛び交った。それは肯定的な物ばかりではなく、否定的な物も多かった。むしろ否定はの方が多い印象さえある。

……と言うのも。1979年テレビアニメ版の『ベルサイユのばら』は当時イケイケのアニメーター荒木伸吾、姫野美智の最強コンビが作った耽美な作品として昔から強い人気を誇っていたのだ。

否定派の意見は「荒木&姫野以外のベルばらなんてついていけない」とか「14冊もある漫画…アニメでは40話かけて作り上げた作品を劇場アニメに出来るの?」などと言うところだった。

私も古きヲタクなので彼らが反発する理由は痛いほど理解できたのだけど「まずは観てから文句言うべきよね」と思って劇場に足を運んだ。

実際、オールドファンが心配した通り2025年度の劇場版は「荒木&姫野版」とは似ても似つかなない作品だった。別物と言っても良い。だけど実際に観てみると「…て言うか原作漫画をリスペクトしてるのは2025年度版では?」って事に気付かされる。

2025年度版の『ベルサイユのばら』は池田理代子の原作漫画の絵柄を大事にしているのに対して「荒木&姫野版」の『ベルサイユのばら』はあくまでも荒木伸吾と姫野美智と言う個性の強いアニメーターが作り上げた『ベルサイユのばら』なのだ。

原作漫画の『ベルサイユのばら』は連載が始まった頃と最終回とでは絵柄が随分と変わっている。池田理代子は画力のある漫画家さんではあるもものの、最後の方の人物の美しさは凄まじいものがあるのだけれど、映画でもその変化を感じさせてくれるとは思っていなかった。

特にアンドレがヤバイ。田舎臭いパッとしない少年だったアンドレが最後には男前に成長しているのだ。マリー・アントワネットにしてもオスカルにしても最初と最後では美しさレベルが全然違う(最初が駄目って話じゃなくて)

荒木&姫野のテレビアニメ版の場合、最初から最後まで同じクオリティで描かれているので最初からオスカルもアンドレも美麗なのに対して、2025年の映画は登場人物達の成長と変化がキッチリと感じられるのが良いと思う。

長い物語を圧縮する

さて。長い長い物語を劇場版の尺に落とし込む…ってところについて書いておきたい。

当たり前だけど大事なエピソード以外はザックリと切り捨てている。

エピソードを切り捨てることについては宝塚歌劇でも行っていて、例えば…だけど宝塚歌劇だと『オスカルとアンドレ編』と『フェルゼンとマリー・アントワネット編』の2つの物語に分けられている。メインカップルでないカップルについてはサラッと流して、1つのカップルの愛について描く方式。

今回は宝塚歌劇で言うところの『オスカルとアンドレ編』にあたる。オスカルメインの話になっているのでマリー・アントワネットについてはアッサリとした表現になっていて、フェルゼンとの恋もアッサリ風味だし、ポリニャック婦人は出てこないし首飾り事件にも触れられていない。(謎のPVでさっと流す程度)

好きなエピソードが切られちゃって悲しみを感じるのであれば原作漫画を読んで戴くしか無い(私は映画館から帰ってきて原作漫画を全巻大人買いしました)

謎のイメージPV

メイン主人公カップルを絞ったとしても、長い作品を劇場版に落とし込みつつキャラクターの内面に切り込んでいくことは難しい。そこで取り入れられたのが謎のイメージPVを挟み込む…と言う手法。

大きなエピソードの合間にはミュージカル方式で突然歌が始まって、それぞれの心の内を表現するような謎のイメージPVを挟み込んでいた。ちょっとビックリしたけれど、YouTube等で動画に親しんでいる世代には受け入れやすいのかも知れない。私は古きヲタクだけど「まぁ。これはこれでアリかな」と思った。

様々な手法で持って長い物語を圧縮しつつ綺麗にまとめていたけれど『ベルサイユのばら』について全く知らない人が初見で見たら、ついていけないかもな…とは思った。

例えば。時代劇の『新選組』にしても『赤穂浪士』にしても日本人なら「お約束」くらいに基礎知識があるから雑にドラマ化や映画化されても受け入れることが出来る訳で『ベルサイユのばら』もそういう類のコンテンツになったのかも知れない。

ちなみに私の娘など『新選組』にしても『赤穂浪士』にして基礎知識が全くないので、その類のコンテンツに触れた際、基礎知識が必要な場面では「まったく意味が分からない」と言っている。

『ベルサイユのばら』のすべてを知りたいのであれば原作漫画を読むしかないのだ。

声優陣が豪華過ぎてヤバイ!

さて。今回の『ベルサイユのばら』は主役のオスカルを沢城みゆきが演じている。控えめに言って最高でした!(語彙力) オスカルの成長と共に演じ方が変わっているのも良かったし、オスカルが女性として人を好きになってく過程もしっかり演じ分けられていた。

マリー・アントワネットも良かった。少女…どころか子どもにしか思えない14歳のマリーと最後の方のマリー(37歳で処刑されている)は声も演じ方も違っていて、人間の成長を感じさせてくれた。

もうビックリするのだけど、ひと言ふた言しかセリフが無い脇役にも惜しみなく豪華声優陣を投入。島本須美、大塚明夫、田中真弓…それこそ主役を演じてきた人達が本当に「ちょい役」として出ているのだ。そして当たり前だけど、めちゃくちゃ上手い。

52歳女性視点の感想

今回、長い年月を経て『ベルサイユのばら』に触れてみて子どもの頃の感想とは全く違っている事に気がついた。

子どもの頃はキラキラドレスと宮殿の中で繰り広げられる恋物語と男装の麗人であるオスカルに心奪われた訳だけど、52歳になってから見ると物語の冒頭部のマリー・アントワネットとオスカルの幼さに痛々しいのものを感じずにはいられなかった。

マリー・アントワネットは愚かな王妃として描かれることが多いけどフランスに嫁いできた時は14歳。中学2年生の子どもでしかない。そりゃ愚かでしょうとも。だって14歳なんだもの。

オスカルにしたって生意気な青二才として描かれているけど14歳と思えば仕方がない。今の基準なら思春期真っ只中のお子様なんだもの。15歳の夜に校舎のガラス窓を叩き割る日本人と較べたら「まぁ、しゃあないか」と思える。

子どもっぽかったキャラクター達は様々な経験を積み重ねてラストでは驚くほど変貌を遂げている。池田理代子…凄い…子どもから青年までの成長を見事に描き切っている。

2025年度版の劇場アニメ『ベルサイユのばら』は全ての人にオススメ出来る作品…とまでは言わないけれど『ベルサイユのばら』が好きな人なら観ておいて損は無いと思う。「昔のアニメしか許せない」って思ってる人も騙されたと思って観て欲しい。

制作に関わった全ての人達の『ベルサイユのばら』愛と原作リスペクトが感じられる素晴らしいアニメ映画だった。

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