昭和40年代の日本を舞台にした物語ばかり集めた短編集。あまり期待せずに読んだのだけど、予想外に良かった。
私は今までずっと、この作家さんについては「悪くはないけど軽い作品を書く人」と言う印象を持っていた。
この読書録に感想を書いた作品も、書かなかった作品も、娯楽小説にも純文学にも成り切れない中途半端な作品ばかりで「ツマラナイってほどではないんだけどねぇ……」と、いつも残念に思っていた。
しかし、この短編集はいつもの「軽さ」が無くて読みごたえがあった。
稲穂の海
昭和四十年代、宮城県。捕鯨船の漁師たちは捕獲禁止の流れに不安を覚え、稲作農家は減反政策で前途多難な状況を迎える。庶民生活には自家用車が登場し、団地が建ち始めるが…。
消えゆくものと始まるものが混在する時代に、希望と不安を抱えてたくましく生きる人々と、暮らしの真の豊かさを描き出す作品集。
アマゾンより引用
感想
『稲穂の海』は地味だ。これと言って華もなければ目新しさも無い。だけどそこには「ありし日の良き日本人」の姿があった。地味で勤勉な市井の人達の生活の一コマが切り取られていて、好感が持てた。
もしかした私も20代の頃にこの作品を読んでいたら「つまらない」と思ってしまったかも知れない。
しかし私も30代の後半。結婚して子を育てる、地味な暮らしに埋没する中年女だ。そして地味ながらも今の暮らしを愛している。だからこそ、この短編集に登場した人々の気持ちに添うことが出来たのかも知れない。
主人公が第一次産業に従事している人が多かった……というのも興味深かった。
私は夫と結婚するまで、自分の周囲に第一次産業に従事する人を知らなかった。しかし夫と結婚して、和歌山で柿を作っている従兄と接するようになってから、第一次産業に従事する人達への見方が変わった。
外野があれこれ口を出せるような問題じゃないのだけれど、すごく大変な仕事だと思うし、ただ消費するだけの私は彼らを心から尊敬している。
彼らがこの短編集を読んだら、どう感じるのだろか。私は実情を知らないから、面白く読んだのだけど。
1つ1つ地味ながらも秀作揃いだったと思う。こういう路線の作品なら、また他にも読んでみたいと思う。