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「せやかて工藤」的な。

昨日の日記にも書いたけれど娘は毎日体操のことばかり考えてご機嫌で暮らしている。私は娘の習い事のペースに合わせて家事や仕事をこなして、それなりご機嫌暮らしている訳だけど、ここのところ実母の具合がよろしくない。

実母は内科と精神科・神経科以外にも足の調子が悪くてご機嫌斜め。なんだかんだと呼び出しが多く、先日も病院送迎を頼まれたのだけど、その日は娘の体操教室と公文が重なる日で娘の下校時間に合わせて公文バッグを持って校門前に行かねばならず、実母の希望するようには付き合うことは不可能だった。実母に娘の体操教室が来年から週4になる事を説明して「今までのように行けない日もあるよ」と説明したところ、実母の口から驚くような言葉が飛び出した。

「あんたも子どもの事ばっかり大変やね。Y(孫娘)は体操、体操ばっかり言ってるけど、そんなんしたかって、なんにもならへんのにな!」

確かに…そりゃ、そうなんですけどね。娘は体操をはじめるのが遅くてオリンピックどころか体操選手も無理なのは分かっているけど、実の祖母がたった1人しかいない孫娘に対して抱く感情としてはどうなんだろうか? 『名探偵コナン』の登場人物、服部平次のように「せやかて工藤」みたいな気持ちになってしまった。

自分と血の繋がった母だけど「やっぱり、この人オカシイわ」と改めて思った。独身時代からずっと「この人は人として少し変なんじゃないかな?」と思うところはあったのだけど、今回の清々しいクズ発言にはある意味感動を覚えた。私や弟にたいするアレな言動は分かる。でも普通、祖父母ってヤツは孫が一生懸命何かに取り組んでいるのなら、温かく見守って応援するものじゃないのか?

実母は今も昔も骨の髄まで「私がぁぁぁ」の人だったのだ。

以前の私ならその場でブチ切れて大喧嘩していたと思うのだけど「本当にねぇ」とサラリと流して帰宅した。なんだろうなぁ…相手対して期待しなくなると反論する気もなくなるらしい。「好きの反対は嫌いじゃなくて無関心」ってのと少し似ている。実母には育ててもらった恩は感じているし、肉親としてそれなりの情も持っているつもりだけれど、たぶん私は実母が死んでもそんなに悲しくないと思う。

今回の実母の言葉には呆れはしたものの不思議と腹は立たなかった。しかし「ちょっと聞いてよ~」と誰かに聞いてもらいたくて仕方がなかった。とは言うもののなかなかこんなことを他人に話をする機会なんて無いので日記に書いておくことにする。

高齢者との付き合いと言えば義母だってそれなりに面倒臭いところはあるけれど、私の中には「義母は好きだけど実母は嫌い」と言う気持ちがずっとあって「実の娘なのにオカシイんじゃないか?」って思っていた。だけど今回は実母のこう言うところが決定的に嫌いなのだと確信した。実母はつくづく残念な人だ。

そりゃそうと。実母の言うところの「そんなんしたかって、なんにもならへん」と言う発言には一理ある。しかし子どものお稽古ごとなんて大抵そんなもんだ。その道のプロになる人なんて、ひと握りもいないけれど、野球の好きな子は野球をするし、サッカーの好きな子はサッカーをする。娘の体操もそれで良い。ろくでもない婆さんは応援どころか呪いの言葉を吐く始末だけど、私も夫も娘を全力で応援するし頑張って欲しいな…と思っている。

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日記
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白い木蓮の花の下で
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