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好きな芸能人がいて当たり前と言う風潮。

先日、娘が学校で「好きな芸能人をみんなの前で発表する」と言う授業に際し「私は好きな芸能人がいなんだけど、どうしよう…」相談してきた。どうやら「人前で意見を発表する」と言う趣旨で行われるようなのだけど、娘にとっては難しい課題だった。

我が家は決してテレビを禁止している家ではない。ただ娘はテレビの視聴時間が一般的な小学生より短いと思う。何しろ毎日家でアクロバットの練習を1時間から1時間半行っているのでそこで時間が取られてしまっているのだ。娘は自分の好きな番組を録画して観ているもけれど好きな番組を厳選して観ることになり、ミュージックステーションのような番組までチェック出来ないのだ。そして何故か「好きな芸能人」はアイドル・ポップス系歌手か役者縛りとのこと。

……とは言うものの、娘以外に「好きな芸能人なんていません」って子はけっこういると思うのだ。中学受験をする子達はそろそろ本気モードで塾に通っているし、ガチ系の習い事をしている子達もなんだかんだと忙しい。テレビよりもゲームに夢中って子もいるだろう。娘に「好きな芸能人はいません」って発表したらどうかと提案したものの、先にそう言った子が「何も言わないのはズルい」「誰かいるはずだ」と吊し上げのような状態になってしまったので出来れば避けたいとのこと。

仕方がないのでネットで若い子に人気の芸能人を調べた上で、娘にユーチューブで曲をいくつか聞かせ「これならCMで聞いたことあるし、ちょっと知ってる」と言うことで「西野カナが好きってことにしておこう」と言うことになった。

好きな芸能がいて当たり前と言う風潮は昭和独特のものかと思っていたのに平成になっても存在するのだなぁ。私もこの問題に関して子どもの頃は苦戦した。

私は娘と違ってガチヲタだったからアイドル系には興味がなかったし、音楽と言えばオペラ歌手のホセ・カレーラスに恋している状態だったので「好きな芸能人は誰?」と聞かれても答えようがなかったのだ。中学時代、クラスメイトに光源氏が好きな子がいて適当に話を合わせて相槌を打っていたらどういう訳か「白蓮さんは山本くんが好きなんだね!」と言うことになっていたもものの、私は山本くんの人となりどころか下の名前さえ知らないまま大人になってしまった。

娘はガチヲタではなくリア充寄りの感性の持ち主なので流行り方向にはそれなりについていくだろうと油断していたら、アクロバットに激ハマりしてしまったことで最近の流行りについていけなくなっていたとは全く予想していなかった。

「流行りを知っていなければオカシイ」とか「人と同じ物が好きじゃないと変」なんて感覚は大人になれば薄れてくるものだけど、小中学生の間は「みんな同じである」ということが重視されるため「人と違う趣味」を主張するのは難しい。私も娘の年では出来なかったし子ども達にそれを強いるのは酷と言うものだ。「好きな芸能人はいません」と答えて吊し上げをくらった子がいるなんて教師が配慮してやれよ…とは思う。

娘をはじめ「好きな芸能人はいません」な子達は気の毒だとは思うものの、残念ながら上手くやり過ごしていくしか方法はない。私も小中学校時代は「みんな同じ方向を向いているべき」という無言の圧力のようなものを窮屈に思っていた。自由さを感じるようになったのは高校生になってから。そして「おばさん」と呼ばれるようになった今は最高自由だ。

それはそれとして。今後はこっそりミュージックステーションくらいは録画しておこうかな。もしかしたら今後何かの役に立つかも知れない。娘が自分で適当にチェックして話をあわせる事が出来るようになればベストなのだけど、娘は娘で見たい番組があるようだしなぁ。周囲に合わせて生きていくって面倒臭いことだな…と改めて思った。

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