先日まで娘は国語の授業で、あまんきみこの『ちいちゃんのかげおくり』を学習していた。
『ちいちゃんのかげおくり』は小学校の時国語の授業で習った人が多いと思う。
夫も私も子どもの頃、国語の教科書は娘と同じ光村図書だったので娘と同じく『ちいちゃんのかげおくり』を習っている。
私は国語が好きな小学生だったけれど、戦争物と言うこともあって「面白くないなぁ」と嫌々読んでいた記憶がある。
ちいちゃんのかげおくり
- 物語の舞台は第二次世界大戦中の日本
- 主人公のちいちゃん達は家族は父親が戦争に行き、3人で暮らしている。
- ある日、ちいちゃんは空襲にあい、家族と離れてしまう。
感想
『ちいちゃんのかげおくり』をこの歳になって読んでみると「名作だなぁ」と感心する。
一応、子ども向けも作品として書かれているけれど、むしろ大人の読み物ではないかと思うほどだ。
特に親となった今は主人公のちいちゃんが防空壕で1人死んでいく場面はたまらぬものがある。
それにしても。あまんきみこと言う作家は鬱作品が上手過ぎる。
『ガラスの仮面』風に言うなら「あまんきみこ…恐ろしい作家!」ってところだ。
『ちいちゃんのかげおくり』だけでなく『きつねのおきゃくさま』や『おにたのぼうし』にしても、やるせなさマックスの作品だ。
それはそうと。子どもの頃に不思議に思っていた事を今更ながら調べてみた。
『ちいちゃんのかげおくり』のラスト近くのエピソードなのだけど、空襲を逃れて1人焼け跡に戻ってきたちいちゃんを近所のおばさんが見つけるのだけど、近所のおばさんは親のいないちいちゃんを1人置き去りにして行ってしまうのだ。
いくら、ちいちゃんが「お母さんが来る」と言ったとしても「あの非常事態に小さな子を放置して行っちゃうってどうなの?」と思った人は私だけではないと思う。
この事について「当時の風潮からすると、あり得ないと思う」と書いていた人がいた。
また「あまんきみこは中国から引き揚げ者だったため日本の状況や生活については分からなかったのではないか」とも書かれていて「なるほどなぁ」と腑に落ちた。
今までは「空襲後の混乱で、おばさんは他人の子を構うだけの余裕が無かったのかな?」と解釈していたけれど、どちらかと言うと引き揚げ者説の方が納得出来る。
中国から引き揚げる時に「残留孤児」として残された子どもがいた事を思えば「おばさん」があっさり去ってしまったのも納得出来る。
しかし毎度ながら、童話・児童書の類で「あえて」鬱作品をぶつけてくる作家さんは凄いと思う。
それらは大抵容赦ない。
子どもの頃は読み流せても大人になって読むと衝撃的な内容だったりするのだ。
小川未明も酷いし新美南吉も酷い。そんな哀しくて切なくて酷い作品を「名作だ!」と読んでしまうのだから、人間って不思議だ。
子ども向けの作品って意外と侮れない。