『ひこばえに咲く』は実在の画家、常田健をモデルにした小説。常田健は常田健は「津軽のゴーギャン」と称されていて2000年、89歳で亡くなっている。
私はこの作品を読むまで常田健の事を全く知らなかったのだけど、作品を読んで「絵を見てみたい」と思った。
青森県にある常田健 土蔵のアトリエ美術館に行けば彼の作品を見ることが出来るらしいのだけど、大阪から青森は遠過ぎて「ちょっと行ってくる」と言うわけにはいかなかのが残念だ。
ひこばえに咲く
父が経営する銀座の骨董店が閉店し、そこで働いていた香魚子は自分の行く末や恋人との未来に不安を抱えるなか、ある画集を手にする。
それは知られざる画家・上羽硯(ケン)の絵だった。その絵に衝撃を受け、津軽の地に飛んだ彼女を迎えたのは、ケンを慕う絵描き仲間の女性・フク。
ケンの個展を銀座で開催するため奔走する香魚子であったが、ケンとフクの二人には、戦前からの“秘められた過去”があった―。実在の画家をモデルとした感動の長編小説。
アマゾンより引用
感想
この作品はあくまでも「常田健をモデルにした小説」であって伝記ではない。
なので作品に出てくる登場人物達は実在の人物とは別の存在ではあるのだけれど、それでも事実に基づいて書かれたには間違いないし「こんな人がいたんだ!」と言う驚きがあった。
玉岡かおるは本当にこの類の作品が上手い。時代小説を書く作家さんは多いけれど、伝記小説を書く作家さんは貴重な存在だと思う。
物語のベースは常田健(作中ではケンさんとなっている)と言う画家なのだけど、常田健が主人公かと言うと微妙な感じ。「常田健と女達」ってところだろうか。
常田健を見出した画廊のオーナーの女性と、ケンさんを支えた女性フサ、常田健の妻と娘が織りなす物語…と言ったところだろうか。
正直、視点が次々変わるので作品としてはとっ散らかってしまった感あり。「で、結局誰が主人公だったの?」と聞かれても、私には即答する事が出来ない。
「あえて」なのかも知れないけれど、ちょっと残念な気がする。
視点がコロコロ変わるのもなんだけど、時代が行ったり来たりするのも集中出来なかった。
私はケンさんを支えたフサと言う女性に肩入れして読んでいて、特にフサの青春時代が面白かった。フサは『伸子』の作者である、
宮本百合子と交流があり、宮本百合子とフサの師匠と弟子のような関係にグッっときた。しかし、あくまでもフサは物語の主役ではなく、話があちこち飛んでいく。最終的には綺麗にまとまってはいたけれど、あれこれ詰め込み過ぎたせいで1つ1つのエピソードが薄くなっている。
…と文句ばかり書いているけれど芸術家の人生って遠目から眺める分には面白い。
実際に巻き込まれるとなるとゴメンだけれど、エキセントリックであればあるほど魅力的と言うか。
この作品に登場する「ケンさん」も絵を描く事に一途で素朴な男として描かれている反面、1人の男としてみるとエゴイストで「いい人」とは言えない。
自分の友人や身内がケンさんのような人を好きになっちゃったら、絶対反対すると思う。
小説としては難ありな部分もあるけれど「常田健」と言う画家を知る事が出来ただけでも読んで良かったと思う。いつか生で彼の作品を見てみたいな…と思った。