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火宅の人 檀一雄 新潮文庫

久しぶりに再読してみた。

再読する作品というのは、多少ならずも愛情を感じている作品ばかりなのだが『火宅の人』は「多少」どころか激しく好きだ。

盲目的に愛していると言っても過言ではない。

やたらと長いし、中だるみもするし、長い年月をかけて書かれたものなだけに構成の稚拙さがあったりして「秀作」とは言い難いのだが、魅力ある作品だと思う。

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火宅の人

  

一郎は窃盗をやらかす。次郎は全身麻痺で寝たきり。弥太はまだヨチヨチ歩き。フミ子は鶏の餌を喰ってひよ子のように泣きわめく。サト子は生れたばかり。

妻は主人の放蕩・濫費・狂躁を見かねて家出騒ぎ……。よしたとえ、わが身は火宅にあろうとも、人々の賑わいのなか、天然の旅情に従って己れをどえらく解放してみたい――。

壮絶な逸脱を通して謳い上げる、豪放な魂の記録。

アマゾンより引用

感想

何が良いかって冒頭が良い。数ある本の中で、この作品の冒頭ほど愛しく感じる作品はない。

日本脳炎の後遺症で寝たきりになった息子に向かって「第三のコース、桂次郎君」と水泳実況中継をはじめる父と、父の声に応える息子の愛と哀しみに満ちた一場面を読むたびに「世の無常」だとか「生きることの孤独」だとか、そういうことを感じてしまう。

触れ合っていそうで、平行線のように交われない人間関係が巧みに表現されていると思う。

「面白くて、ほんのり哀しい」というのが檀一雄の持ち味だと思う。

生さぬ仲の長男と、障害児の次男を含む5人の子供を妻に任せっきりにして、自分は若い愛人に走る主人公(作者)は、とんだ人でなしだと思うのだが、なぜか憎めない。

恐ろしく自己中心的で「俺様を中心に世界は回っている」というようなところがある主人公だが、しかし周囲の人々に優しいのだ。

「人として失格」という意識がある人ほど、他人に優しくなれるのだろうか。そのノリは太宰治にも通じるものがあると思う。

もう1つこの作品で忘れてはならない美点は「温度と匂いを感じさせる文章」だと思う。

何もかもが酷く生々しいのだ。夏の海、降りしきる雨、あたたかい味噌汁、饐えた体臭……自分のいる世界を、これほどまでに美しく、魅力的に描けてしまう檀一雄に、私は憧れを感じずにはいられない。

「生きるの大好き」でなければ、こういう文章は書けないだろう。

私は「壇一雄のファン」を自任しているが、ハマるきっかけになったのがこの作品である。

そして他の作品を読んでなお「いっとう好き」と思えるのがこの作品だ。これからも、きっと何度も読み返していくのだろうと思う。

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白い木蓮の花の下で
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