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家紋とルーツ。

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最近、Audibleで本を聴く気にもなれず、そうかと言って音楽を聴く気分にもなれない時はポッドキャストで『安住紳一郎の日曜天国』を聞いている。古い記録から聞いていて、今やっと2013年。10年前あたりまで追いついた。

『安住紳一郎の日曜天国』のリスナープレゼントコーナーで葛籠(つづら)をプレゼントする…と言う企画があった。家紋と名前を入れてくれるとのこと。ふと「そう言えば私が家紋を付けるとしたら何なのだろう?」と疑問に思った。女性の場合、家紋は実家のものを入れると聞いているので実母に聞いてみることにした。すると母は「三つ扇だよ」と答えた。

母のルーツは鹿児島県。亡くなった祖母は「うちのご先祖様は平家の末裔」と話をしていたけれど祖母の生家は山間部の村で米を作っていたので、私はずっと祖母の虚栄心からの嘘だと思っていた。

多くの日本人は言うのだ。「うちの先祖は武士だった」と。だけど士農工商の比率から考えると、武士なんて砂粒くらいの割合の人間しかいない。ほとんどの日本人は第一次産業に従事していたはずなのだ。鹿児島県の山奥で暮らしている人間が武士であるはずがない。

祖母の言い分はさておき。「三つ扇」と言っても色々なデザインがあるので「どんな図柄なんだろう?」と気になって調べてみた。祖母の生家の場所と苗字から導き出されたのは「薩摩藩に属していた武家の家紋」だった。少なくとも平家の末裔の家紋ではない。

さらに調べてみると。どうも祖母の暮らしていた地域に平家の人間が落ち延びていたのは嘘ではない……ってことが分かった。そして薩摩藩は自分達のルーツではない武士を「郷士」として組み込んでいたらしく、それこそ平家落人を郷士として配置していたようだった。郷士と言っても外城制度と言って、農民として暮らしながら有事の際には武士として戦う…みたいなスタイル。

そう言えば。祖母の暮らしていた地域は田んぼ沿いに謎に長い石垣があった。子どもの頃は「都会ならコンクリートなんかで壁が作れるけど田舎は貧乏でお金が無いから石を積んで、イノシシ避けをしてるんだろうなぁ」と思っていた。どうやら「謎に長い石垣」は郷士によって作られた擁壁だったみたい。

母方の家紋の「三つ扇」は薩摩藩の郷士に与えられたもので、平家をルーツとする人達が郷士に組み込まれた時に本来の家紋を捨てて薩摩藩に従ったのかも知れないな…と推察される。

「うちのご先祖様は平家の末裔」と言う祖母の話。54歳になるまでずっと、祖母のホラ話だと思っていたけど、そうじゃなかったっぽい。ただし、生活的には江戸時代からは「ほぼ農民」って感じではあったようだけど。

大人げなくムキになって家紋とルーツを調べまくってみたけれど『安住紳一郎の日曜天国』はポッドキャストで聞いているので「家紋入りの葛籠プレゼント」に応募できる訳ではない。好奇心からスタートした大人の遊びって感じ。

『安住紳一郎の日曜天国』を聞かなければ自分の家紋とルーツを調べることは無かったと思う。54歳にしてはじめて知った家紋とルーツ。知ったとて、どうと言うものではないけれど、調べて紐解くと言うのは、なかなか楽しい時間だった。

本当にあった座敷牢の記憶。
かつて、曾祖母の家には座敷牢があった。曾祖母の家にあった座敷牢は座敷牢と言っても鉄格子がハマっている訳ではなかった。居間の奥にひっそりと作られていて、家族以外の人間は「そこに部屋がある」とは分からない作りだった。座敷牢には祖母の兄がいた。
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