産褥の床で何か本を読みたくなったのだけど、新しい本を読むほどに集中力は無かったので、久しぶりに再読を…と手に取ってみた。
『恍惚の人』は今更、説明する必要は無いであろう認知症の老人を扱った名作。時代背景や、認知症の扱いなど古臭い部分があるのは否めないが、改めて読んでも十分面白かった。
恍惚の人
- 1972年に発表された作品。テーマは認知症の老人介護。
- 妻が亡くなったことをキッカケに舅が認知症を発症。
- 認知症の老人を介護する主婦を描いた名作。
感想
忙しいながらも順調に運んでいた兼業主婦の日常生活が姑の死によって崩れてくるとこから物語は始まる。
「葬儀」の描き方の細やかさは女性作家ならでは。
作者は「死」をキッチリと押えてくれる作家さんだと思っていたが、ここでもその力は発揮されていた。嘆き哀しむ死ではなく、日常生活の中にある死の形が生々しくも真に迫っていた。
改めて読んでみて「上手いっ!」と唸ったのは、認知症になった舅の世話にウンザリしていたヒロインが、いつしか「生きられるだけ生かしてあげたい」という気持ちに変化していく過程だった。
私自身、亡父が肝炎から来る脳の炎症から50代にして認知症と同じ症状になった時、最初はウンザリもしたし絶望もしたが、いつしか「仕方が無いなぁ」と、どこか暢気な気持ちで受け入れるようになった経験があるのだ。
自分のことさえ分かっていない相手の世話をするのは辛いことだが、どこか一線を越えると「仕方が無いなぁ」と思える瞬間があるから不思議だ。
痴呆症の舅の世話で、散々っぱら酷い目にあったヒロインが、ラストシーンで泣いている場面は美しいと思う。
愛憎…というのだろうか。殺してやりたいと思うほど憎らしい時もあっただろうけれど、溢れる涙も本物だったのだと思う。
この作品は社会問題として認知症を描きつつ、それでいて文学としてもちゃんと昇華されているところが素晴らしい。
時を経て古くなってしまった部分はあるものの、名作と称されるに相応しい1冊だと思う。