たいていの本は初めて読んだ時と、何年か後に再読した時で印象が変わったりする物だけど、この『海暗』に限っては再読してもまったく印象が変わらなかった。
今回、久しぶりに読んだのだけど、初めて読んだ時の気持ちがそのまま蘇ってきたのに驚いたくらいだ。
何年経っても印象が変わらない…と言うことは、作品の世界観がキッチリと構築されているからだと思う。
海暗
柘植以外に産物のない貧しい島,御蔵島…若者は次々に島を捨て、社会の動きからも隔絶したこの島に、ある日「米軍射爆場に内定!」というニュースが伝わる。
戦争中でさえ爆弾が落ちることはなかったのに、何故?呆然とする島民たち…
別名を海暗と呼ばれる黒潮に、弾劾絶壁を洗われる貧しくとも、のどかなこの島を舞台に射爆場設置に反対し、離島問題に取り組む島民の苦悩と哀歓を描く問題作。
アマゾンより引用
感想
作品の舞台は伊豆七島の1つである御蔵島という離島である。
ヒロインはオオヨン婆(もちろん本名ではなく通称)と呼ばれる老婆。御蔵島がアメリカ軍の射爆場の候補地に挙がったことを中心に物語は進められていく。
安保闘争華やかだった当時の時事問題と、離島問題を上手くミックスさせていて、読者を飽きさせない作りになっている。
作者はこの作品以外にも『私は忘れない』という離島を舞台にした作品を書いている。
『私は忘れない』が島を訪れた人間の視点で書かれているのに対し、この作品はあくまでも島の内側からの視点で書かれている分だけ、作品の仕上がりが深くなっているように思う。
バイタリティ溢れるオオヨン婆の描写や島の人々の生活などがコミカルに描かれていて、島の抱えている問題の重さを感じないほど、サクサクと面白く読み進めることが出来る。
離島云々…よりも「古きよき日本の集落」の姿を見るようで、現代に生きる者にとっては、どこか懐かしいような気持ちになってしまうから不思議だ。
『射爆場としても役に立たない島』に絶望する若者を描いているあたりは「上手いなぁ」と思った。
そして、それ以上に「上手いなぁ」と思ったのは、誰よりも島を愛していたであろう若者が島を離れるのを、オオヨン婆が「よくあること」として、サラリと受け流している場面だ。
島の一大事も、青二才の苦悩も、長生きした婆様にとっては「ちょっとした出来事」の1つでしかなかったのかと思うと、逞しく長生きした女の強さを感じずにはいられない。
それにしても有吉佐和子に「婆さん」を描かせると上手いなぁ。
逞しく、したたかで、それでいてお茶目なところもある婆さん。
有吉佐和子は日本の作家さんの中で、婆さんを1番上手に書く人じゃないかなぁ……なんてことを改めて感じた1冊である。
海暗 有吉佐和子 文藝春秋