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さいたま市の子ども条例の騒動で思ったこと。

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つい先日、さいたま市の子ども条例関連の話題で賑わっていたけれど、私も興味深く眺めていた。結局、条例案は取り下げられたようだけど「そりゃそうよね」って話だ。

  • 子どもだけの登下校禁止
  • 子どもだけのおつかいの禁止
  • 子どもだけで公園で遊ばせることの禁止

誰が言い出したかは知らないけれど、今の日本の状況にはまったくそぐわない内容で呆れてしまった。

ただ条例を提案した側の意図は理解できる。幼い子を放置して死なせてしまう自己が多発しているし、子どもが各種犯罪に巻き込まれないために大人の目は必要だ…って話。

そしてこれは推察に推察でしかないけれど「欧米では親が子どもの学校を送り迎えするのが当たり前。日本は危機管理がなってない」ってところからの発想なのだと思う。

確かに欧米諸国の多くでは「親が子の学校を送り迎えをする」と言う風習がある。だけど日本と欧米諸国では社会的な考え方が違い過ぎるのだ。

スクールバスやベビーシッターサービスが普通のものとして捉えられていて、育児のための時短勤務等がと整っているる欧米諸国のやり方を日本に持ち込んだところで、やっていけるはずがない。。

なんでもかんでも「欧米のやり方は素晴らしい」って風潮。いい加減考え直した方が良いと思う。

話が脱線するけれど、ここ数年やたら推されているインクルーシブ教育もその1つだと思う。

「外国では障害児も健常児と一緒に学んでいる」って話だけど「ちょっと待った。あなたはその実情を知っているの?」と異議申し立てたい。

例えば…の話。インクルーシブ教育を行っている国では「健常児が方程式を解いている時に知的障害を持っている子は楽しく塗り絵をしている」みたいなことが行われている。「1人1人の障害に合わせた教育」を行っている日本の支援学校とは大違いだ。

教育にしても福祉にしても日本人は何かに付けて欧米(特に北欧)は凄いと言うけれど、それらの国の実情を調べてみると「それほど良いとは思えないんですけど?」って事例がワンサカ出てくる。

他国に学ぶことは大切だけど、まずは自国に合うかどうか精査する必要があるし、さらに言うなら自国に合ったやり方を模索することが大切だと思う。

日本の教育とか福祉のあり方が最高だと思っている訳じゃないし、むしろ「なんとかしてくれ」と思うことが多々あるけれど、諸外国と比較すると、そこまで捨てたもんじゃないとも思っている。

それはそれとして。日本は少子高齢化が加速しているのだから、今後を見据えてもっと子どもを大切にしていきなきゃいけない。子どものための条例を作るのであれば、実情に合ったものを提案して戴きたいな…と思う。

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日記
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