『岬の兄弟』は片山慎三監督による自主制作映画。R指定作品。国内の映画賞を受賞(SKIPシティ国際Dシネマ映画祭の国内コンペティション長編部門で優秀作品賞と観客賞を受賞)していて、それなりに話題になっていたように思う。
アマゾンプライム会員への無料公開になったのを機に視聴してみた。
話題になった映画…って事は確かなのだけど「名作かどうか?」については微妙かと思う。ちなみに胸糞悪い系のR指定作品なので視聴については自己責任で。
そして今回はネタバレ込の感想なのでネタバレNGの方はご遠慮ください。
岬の兄弟
岬の兄妹 | |
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Siblings of the Cape | |
監督 | 片山慎三 |
脚本 | 片山慎三 |
製作 | 片山慎三 |
出演者 | 松浦祐也 和田光沙 北山雅康 中村祐太郎 岩谷健司 時任亜弓 ナガセケイ 松澤匠 芹澤興人 荒木次元 杉本安生 風祭ゆき(特別出演) |
音楽 | 高位妃楊子 |
撮影 | 池田直矢 春木康輔 |
製作国 | 日本 2019年公開 |
あらすじ
物語の舞台はとある地方の港町。働いていた工場をリストラされたばかりの兄・良夫は足に障害があり、知的障害のある妹の真理子と2人で暮らしをしていた。
真理子には失踪癖があるのだが、夜になっても帰ってこなかったため、良夫は真理子を探しに出掛け、真理子が町の男に体を許して1万円をもらっていたことを知る。
仕事を失い、内職だけで2人の生活を支えることのできない良夫は真理子に売春をさせて生計を立てようとするのだが…
ドキュメンタリー的なリアル
『岬の兄妹』は「作られた物語」と言うより限りなくドキュメンタリーに寄せた作品だと思う。
知的障害(Amazonプライムでの紹介では自閉症となっていたけど)を持つ妹の真理子の描き方は真に迫っていて猛烈に嫌な気分になってしまった。と言うのも私は医療型児童発達支援センターで働く保育士なので、障害を持ったお子さんと接する機会が多いのだ。
真理子が性的な部分に強い執着があったり無防備だったりするのは知的障害を持つ人にありがちなこと。私も現場(当時働いていた放課後等デイサービス)で頭を抱えたことがある。
また良夫と真理子が暮らしている家の状況なども職場の家庭訪問で見た光景や生活保護のケースワーカーをしている親友から伝え聞くところとガッツリ重なる。世の中には普通の人には想像し難い生活を送っている人がいて、その数はたぶん想像しているよりも多いのだ。
『岬の兄妹』はドキュメンタリーではなく、あくまで「作り物」なので真理子を演じたのは知的障害ではなくて健常者の女優さん。よく研究して演技されているな…と感心した。役者さん的に「知的障害者を演じる」ってオイシイところなのだと思う。実際、障害者役を演じて「名演技だった」と言われた役者でその後、出世した人は多いのだ。
例えば…レオナルド・ディカプリオは『タイタニック』で有名になるずっとずっと前に『ギルバート・グレイプ』で知的障害を持つ少年を演じて高い評価を得ている。
福祉制度をガン無視した意味とは?
さて。私を含めた福祉業界にいる人間は『岬の兄妹』を視聴しながら「福祉業界を舐めるんじゃねぇよ。普通に生活保護案件だし、妹は手帳取れるだろ? 社会に見捨てられた描写してんじゃねぇよ」と突っ込んだと思う。
監督のインタビューによると『福祉を描くとそれについてしっかり描かないといけなくなって焦点がズレる』と考えていたらしい。
基本的に日本の福祉制度は「申請ありき」なのでサービスを受ける権利があっても「福祉の世話にはなりません」と言えば、それ以上介入することはない。
私のリアル知人のご実家も「え…それって手帳も生活保護も取れるよね?」って状況なのに、ご家族の意思によって福祉の介入を受けていない。
もちろん「あえて福祉の世話になりたくない人達の矜持」を描くのであれば「なるほどですね」と理解できたのだけど『岬の兄妹』はそういうタイプの作品ではないだけに納得がいかない。
描写から察するに兄の良夫は足が不自由以前に「障害者手帳は取れないけれどボーダーギリギリのグレーゾーンの人」なのだと思う。話題になった『ケーキの切れない非行少年たち』のようなイメージ。
「福祉が申請制度なら兄がグレーゾーンなだけに申請する知恵が無かったのでは?」って話だけど、彼らにも両親がいたのだし、周囲にいた人間が誰1人として福祉へ繋がなかった…ってのは厳しいものがある。
兄をグレーゾーンっぽく描いた上で「あえて」妹を知的障害者に描くとするなら福祉の手は入りやすいと思う。そもそも良夫にとって唯一の友達であるハジメくんは公務員だったので「福祉に繋がらなかった」ってのは正直、無理があり過ぎる。
監督は『岬の兄妹』で福祉をガン無視して何を描きたかったのか?
- 社会制度への不満?
- 兄弟愛?
- 底辺に生きる人のど根性?
- 障害者と貧困を面白可笑しく描いてみただけ?
残念ながら私には監督が表現したかった物を汲み取ることができなかった。
妊娠の取り扱いについて
個人的には真理子の妊娠の取り扱いについてはムカついてしまった。セックスをすれば妊娠するのが当たり前なのに、どうしてそうなっちゃうのよ? そしてさらに言うならどうして、そう簡単に始末しちゃうのよ?
女性の知的障害の妊娠問題って闇深いものがある。
知的障害者同士で妊娠に至る場合もあれば、近親相姦もあるし『岬の兄妹』のように「誰の子どもなのか分からない子を妊娠した」ってケースも多い。『岬の兄妹』の中で描かれた真理子の妊娠は予定調和的なものだったのかも知れないけれど、あっさり中絶で解決してのはどうかと思った。
「ドキュメンタリー風を目指したくせに日和っちゃたよね?」と。
あの兄妹なら出産までいっちゃった方がリアルだったと思う。
思うに…唐突に健常者の常識を持ち込んでいるあたりはヌル過ぎる。いっそ自宅出産して、出産した子を始末する…くらいまで描いてほしかった。あえて「福祉の描写をしない」と決めたのであば、そうなった方がむしろ自然。
「ギリギリだったけどお金調達できて中絶出来たし仕事も復活したし…」だなんて、世の中そんなに上手くはいかない。大事なところで都合よく解決してしまった理由がイマイチよく分からない。
ラストのモヤモヤ感
結局、紆余曲折はあったものの兄は元の仕事に復帰。妹は今まで通りに家で過ごし、やっぱりフラフラ歩きまわってしまう…みたいなところに落ち着くのだけど、ラストシーンの海の場面で兄の携帯電話が鳴る。
誰からの電話なのかは分からないけれど「普通に考えると売春だよね?」って話。
実際、あの兄弟は何も変わっていないので再び売春をするのは自然な流れではあるもののモヤモヤするラストだった。「福祉についてはあえて触れない」と言う方針で作られた作品なのに「兄弟の行き着く先は福祉でしかないよね!」としか思えないのだ。
『岬の兄妹』は私にとって胸糞作品だったし、モヤモヤ感しか残らなくて非常に嫌な映画だったけれど「普通に面白かった映画」以上に心に残り続けると思う。