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写真の整理と子育ての思い出。

先日、11年間分の娘の写真を整理していたら、色々な事を思い出してしまった。

写真を撮る時って「これは可愛い。撮らねば」とか「これは思い出として残しておかねば」みたいな使命感に駆られて撮る訳だけど、撮影する人間が私と夫と決まっているので、11年分の写真を一気に見ると「なんか同じようなアングルばっかりだな…」みたいな気持ちになってしまった。

赤ちゃん時代はまだマシだけど、歩くようになってからの写真は「年齢は違うけど、やってることは同じ」みたいなものばかり。

  • 外でお弁当食べてる
  • 自分で作った物を持ってドヤ顔してる
  • ジャングルジムとかアスレチックに登ってる
  • 木に登ってる
  • ターザンロープにぶら下がってる

食べてるか、登ってるか、下がってるか。年齢が違っていても同じようなパターンの写真がわんさか出てきた。「どんだけ公園ばっかり行ってたんだよ?」って話だ。

女の子らしく「プリキュアのコスプレしてポーズ」とか「ドレス着てポーズ」みたいな写真もあるけれど、そんな写真はごく僅か。思えば当時は「どうやって娘の有り余る体力を削るか」って事ばかり考えていた。

それを思えば、ここ数年は一気に楽になった。

習い事の送迎等はあるものの、一緒に屋外を走り回る必要もなければ、高いところに登る必要もない。私…根本的に陰キャのヲタクなのでアウトドアも野外で遊ぶのも好きじゃないのだ。

お寺巡りとか、街歩きは好きだけど、あれは猛ダッシュとかしなくて良いからなぁ。

他所様のtwitterやブログを見ていると「子育て楽しい!」「子どもと一緒に楽しもう」みたいな事を書いている人が多くて尊敬してしまう。私、そんなそに楽しんでなかったから。

もちろん苦行だった…とまでは言わないし、やったらやったなりの楽しさはあるけれど、もう2度とあの生活には戻りたくない。

ママ友や近所の仲良しから「白蓮さん子ども好きそうだし、もう1人くらい育てられそう」みたいに言われる事があるけれど、そんなの本気で嫌過ぎる。

子どもは好きだし可愛いとは思うけれど、遠くから無責任に見守っているくらいが丁度良い。

そして「子どもって小さい頃は可愛いけど、だんだん生意気になって可愛くなくなるんだよね」みたいな事も言われるけれど、そんなことはない。娘は今も可愛いし、むしろ今の方が人間として付き合えるので、ずっと良い。

生き物としての使命を考えるなら、夫と私は2人以上の子どもを育てないと種の繁栄には貢献できないのは分かっている。だけど人間の言葉がが微妙に通じない乳幼児の面倒を見るなんて沢山なんだ。

自分自身がそんなスタンスでいるので、子どもを2人以上産んで育てている女性を尊敬しているし、ありがく思っている。

そして娘の写真を一生懸命撮影してアルバムを作るのは小学校卒業までにしようと思っている。

「もう撮らない」と言う訳ではないけれど、今までのように成長の記録を抑える必要はないかな…と。気が向いた時にちょろり記念撮影する程度になると思う。

そのうちスマホも持たせるだろうし、自分の思い出は自分で記録してもらうつもり。

中学以降は進学問題等、別の意味で大変になってくると思うのだけど、肉体労働的なサポートは必要なくなってくるだろうから、それだけでも嬉しく思う。

そして、これからは子どもとは関係のない私個人の楽しみも充実させていきたい。

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日記
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白い木蓮の花の下で
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