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山頭火随筆集 種田山頭火 講談社文芸文庫

漂白の俳人、種田山頭火の俳句、随筆、日記を集めた1冊である。

『知ってるつもり 種田山頭火 活字版』というノリだった。これを1冊読めば、山頭火という俳人のことが、おぼろげに理解できるかも知れない。

俳句や随筆の選別も、良いものダイジェストになっているし年譜や、解説も、なかなか読みやすい。堅すぎもせず、柔らかすぎもせず、読みやすい作りになっていた。

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山頭火随筆集

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明治15年、近在屈指の大地主の長男として生まれ、9歳の時母自殺。以降徐々に家は没落、時代の傾斜と並ぶようにやがて不幸の淵に沈んでゆく。

大正14年出家。大正15年4月、解くすべもない惑ひを背負うて、行乞流転の旅に出た。分け入っても分け入っても青い山(「俳句」大正15年)九州から東北まで漂泊托鉢。

行乞生活を記録した句は数奇な生涯を凝縮。俳句、随筆、行乞記の3章でその真髄を纏める。

アマゾンより引用

感想

私の中にあった山頭火のイメージは「漂白の出家俳人」であって、その俳句は、どこか薄ら寒いような乾いた物が多いような印象を持っていた。

しかしいかにも出家者という雰囲気の句も多くあったがおどけたタッチの楽しいものが多くあるのに驚いた。

出家者=聖人ではないのだから、山頭火も目に見えるものや肌で感じるものを、あたりまえに感じて、それを句にしていたのだろう。

ならんで竹の子竹になりつつ
窓あけて窓いっぱいの春

上記の2句などは、漂白の俳人が作った作品と言うよりも絵本にでも出てきそうなフレーズでオヤヂの中の乙女性を感じてしまった。

『乞行記』と名付けられた晩年の日記(これもダイジェスト版)は人に読まれることを前提にして書かれているが、しかし「日記らしさ」はちゃんと残っていて読み応えのある素晴らしいものだった。

愚痴ではなく「弱音」が、そここに散りばめられていて決して明るいタイプの文章ではないのだが不思議と悪い印象は受けなかった。

私にとって山頭火は気になる俳人ではあったのだけれど『乞行記』を読んで、すっかりファンになってしまったくらい。

出家するからには、何か内に秘めたものがあったのだろうと思ったりした。しばらくは山頭火がマイ・ブームになりそうだ。

ちなみに、収録されていた俳句の中でハッとさせられたのは、この2つ。

まつすぐな道でさみしい
どうしようもない私が歩いてゐる

こんなにハマったのは久しぶり……という大当たりの1冊だった。

山頭火の句が好きだという人は多いようだが、私も彼らの仲間入りである。

「文庫本なのに950円もする!」とて、躊躇いながら購入したのだが2002年度の随筆部門マイ・ベストになりそうな素晴らしい1冊だった。

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白い木蓮の花の下で
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