作者、赤松利市の作品を読むのはこれで2冊目。前回読んだ『白蟻女』は心に刺さらなかったらしく、正直なところどんな感想を持ったのかさえ覚えていないのだけど『藻屑蟹』はめちゃくちゃ良かった。2026年度に読んだ本の中で面白かった本ベスト5に入るほど。
東日本大震災以降、多くの作家さんが震災文学を送り出してきたけれど、震災文学の最高峰と言っても良いと思う。
藻屑蟹
- 木島雄介は、一号機が爆発した原発事故の様子をテレビで見て、これから何かが変わると確信する。
- しかし待っていたのは何も変わらない日々で、除染作業員や原発避難民が街に住み始めたことにも苛立ちを募らせていく。
- 事故から6年後、雄介は金を得るために高校時代の友人・純也の誘いを受け、除染作業員になることを決意する。
感想
私が『藻屑蟹』を読んだのは2026年の夏。東日本大震災は2011年に起こっているので15年前の出来事なのだな…と改めて東日本大震災のことを思い出してみた。東日本大震災は原発事故も含めて大変な災害だったけれど、実際に被災した人とそうでない人とでは感想が違ってくると思う。
私は大阪に住んでいて東日本大震災のことを「他人事」として捉えていたのだと思う。気の毒には思ったし、募金もした。関東より東で暮らす友人達の無事を願ったりもした。だけど「自分ごと」として考えてはいなかったのだということを『藻屑蟹』を読んで思い知らされた。
震災後の被災地の生活なんて考えてもいなかったし、原発事故関係者の大変さや除染作業についても全く無知だった。ウィキペディアによると作者の赤松利市は除染作業員として働いていた経歴があるとのこと。『藻屑蟹』に書かれている被災地の様子がやたらとリアルなのは作者自身の体験を踏まえてのことだと思えば納得できる。
『藻屑蟹』には2つの柱があると思う。1つは震災と原発の問題。そしてもう1つは大金を得た人間の生き方の問題。
「原発が無ければ日本人の生活は成り立たない」と分かった上で原発を守ろうとする人がいる。そして原発を守ろうとする人は原発の恐ろしさを誰よりも知っている……あまりにも切な過ぎる。
原発事故が起こったことで大金を得た人達が金によって狂っていく姿はやけにリアルで恐ろしかった。私は大金に縁のない人間なので「もし宝くじが当たったら…」みたいな妄想をするのが好きだけど『藻屑蟹』を読んでいると、実際に大金を得たとしても幸せになれるとは限らない気がしてきた。
作品の感想とは直接関係ないのだけど東日本大震災当時のことをもう少し知りたいと思った。私の知らなかった話が多過ぎて色々とショックだった。人間は自分が「見たい」「見よう」と思うものしか見ない生き物なのだと思う。東日本大震災当時の私は何を見ていたのだろう?
読後に自分の無知が恥ずかしくなった1冊だった。



