Oops! It appears that you have disabled your Javascript. In order for you to see this page as it is meant to appear, we ask that you please re-enable your Javascript!
読んだ本の『50音別作家一覧』はこちらから>>

そうだったんだ。

最近、出先で見掛ける赤ちゃんが可愛くてたらない。

私はもともと子どもが好きな人間だけど、それにしても最近の赤ちゃん可愛さはたまらぬものがある。例えば娘の習い事の付き添いをしていて、いつも会う顔見知りの赤ちゃんとか、娘のお友達の妹さんとか。

あまり不審な動きをして嫌がられたくはないので、せいぜいニッコリ微笑んだり、手を振ってみたりする程度に留めているけれど、実のところ触りたくてたまらない。

娘と同じ年頃の子ども達を見ると母親目線になってしまうのは前からそうだったのだけど、最近ストライクゾーンが広がってきて20代前半の人でも「可愛い」と思ってしまうようになってしまった。

そして先日、ふと気がついてしまった。

現在私は45歳。もし私が20歳で結婚して21歳で子どもを産んでいたら24歳の子どもがいるんだってことを。そしてその子も若くして結婚して子どもを産んでいたら、幼児の孫がいても不思議じゃないんだ…ってことを。

私が赤ちゃんを愛でる視線は完全におばあちゃんのそれだった。そして私が若い人ら抱く気持ちは完全にお母さん。

この事実は地味にショックだったし、なんだか打ちのめされる感が半端ないのだけど、自分の中で色々と合点がいった。

私は今まで「気持ちだけは若くありたい」とか思っていたけど、どちらかと言うと「若くありたい」どころか「おばあちゃん」に寄せてきているらしい。

45歳と言うと「人生50年」の時代なら完全に老齢期。脳の一部がおばあちゃん化したところで全く不思議ではない。

もちろん、だからってガッツリ老け込む気はないし、娘が親離れしてくれたらやりたいと思っている事は沢山ある。

「もう年だから」と諦める気はないけれど、私の意思とは裏腹に脳の中身はしっかり老い支度をしている事を嫌でも考えざるを得ない。

10年くらい前(娘を生む前」は自分がおばあちさんなになった姿なんて想像もつかなかったのだけど、今は容易に想像出来る。

もう、こうなってくるとおばあちゃん化なんて怖くない…と言うか、どうだっていい。それよりも、毎日楽しく暮したいな…と思う。

スポンサーリンク
スポンサーリンク
日記
スポンサーリンク
白い木蓮の花の下で
タイトルとURLをコピーしました