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「手間は一緒だから」と言う優しい嘘。

毎日、実家の母にお昼のお弁当を届けているのだけど、これがけっこうなプレッシャーになっている。

「年寄り1人分の食事なんて、どうって事ないでしょ?」って話だけど、私はそんなに器の大きな人間じゃないので「食事の支度なんて3人も4人も変わらないよ。だって手間は一緒だから」なんて殊勝なことはとても言えない。

料理を作らない人は得てして料理に対して「1人も2人も一緒」とか「3人も4人も一緒」と思いがちだけど、私は声を大にして「料理って人数が増えたら増えただけ大変なんだよ」と主張していきたい。

ご近所に7人家族(うち男性5人)の食事を作っている人がいるのだけど、彼女はいつも「うちは、他所のご家庭より人数多いけど料理の手間は一緒だよ」と言う。

だけど私はそのたびに「そんな事はないよ。買い物の多さも違うし、料理すると言っても材料切るだけでも、うちの家の倍以上の材料を切ってるんだし、単純に考えても私の倍は働いているよ」と、それを否定する。

お世辞ではなく本気でそう思っているからだ。

先の土曜日の朝「夫の通勤弁当」と「実家の母の弁当」と「私と娘の弁当」を作りつつ夕食の段取りをするために台所に立った時は、正直うんざりしてしまった。

お弁当と言っても実家の母は私達と何もかも同じ物を出す訳にもいかず、献立にも微妙に配慮が必要なのだ。夫の通勤弁当と、私と娘の弁当を作るのは慣れっこだけど、たった1個増えるだけで随分と段取りが違ってくる。

毎日、複数個のお弁当を作っている人は本当に偉いと思う。私にはとても出来ない。

そもそも「1人増えたって手間は一緒だから」と言うのは、作り手がつく優しい嘘に過ぎない。

そりゃあ100人分の食事と101人分の食事だったら「手間は一緒」だと思うけれど、食事の支度って人数が少なければ少ないほど人数の増減に対する影響は大きくなる。

煮物や炒め物なら「なんとなく分ける」でどうなかるかと思うけど、魚や肉類といったメインに至っては1人増えれば増えた分だけ、材料を買うことろから考えなくてはならない。

実のところ私の場合「褒めてくれるかどうか」と言うのも大きなポイントになっている気がする。

夫は毎日のお弁当でも「今日も美味しかったよ。ありがとう」と言ってくれる人だし、娘も「お母さん、これ美味しい!」とか「美味しいご飯作ってくれてありがとう」と言ってくれる。

実家の母はお弁当を持って行った時は「ありがとう」と言うけれど、美味しいんだか美味しくないんだか反応が無いので「美味しい物を食べさせてあげよう」と言う情熱が湧いこない。

その当たりも「実家の母の弁当を作るのは面倒臭い」と言うところに結びついているように思う。

……と愚痴を言いつつ、実家の母の件については少しだけ進歩した事があった。母を説得して介護認定の申請をすることになったのだ。

どのくらいで申請が通るのかは分からないけれど12月に面談があるとのこと。との程度の支援が受けられるかは分からないけれど、人の手を借りることでガス抜きが出来るといいな……と期待している。

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白い木蓮の花の下で
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