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「好き」の本気度、人それぞれ。

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趣味の世界において「好き」の本気度は人によって変わってくる。

先日、美容師さんが「実は相撲好きだった」ってことを知った。今年、夫は生協でチケットを買って春場所の千秋楽を観に行ったことを伝えると「凄いですね。私も応募したことあるんですが、大相撲のチケットを買うのって難しくて」とのこと。

私は宝塚歌劇やその他舞台は観に行くものの、他の興行チケットについては詳しくない。だけど正攻法でチケットを入手するよりも、団体で抑えている枠の方が簡単にGETできるのは、どこの興行チケットも「あるある」なのかも知れない。「来年もあったら、声掛けましょうか?」と言うと「よろしくお願いします」とのことだった。

それからしばらく経ったある日。大阪に相撲の地方巡業がやってくることを知った。地方巡業は本場所とは違って番付表には関与しないけれど、本場所よりも小さな会場で行われるのでチケットを確保できれば比較的近くで力士を見ることができるみたい。しかもイベント興行的な色が強いので、ちょっとした「ふれあいコーナー」的な物が設けられることもあるらしい。

美容師さんに「もしかしたら、知ってるかもですが、こんなのありますよ」と声を掛けたところ「ありがとうございます。私も知っています」とのこと。やはり相撲好きだけあって、既に知っていたのか…と感心していたら、想像とはまったく違う答えが返ってきた。「申込みどうしようか迷ってるんですよね。当たらない気がしますし」とのこと。

……すまない。意味が分からないんだが? 好きなのに「申し込まない」なんてことある?

どうやら私の「好き」と美容師さんの「好き」の度合いはレベルが違っていたらしい。好きでも「なんか好き」とか「行けたら行く」みたいな好きだったのかも知れない。この現象はよくあることで、美術に興味があると言うので「◯◯美術館で◯◯展やってますよ」と声を掛けてみたところで「そうなんですね。でも1人で行くほどでもないかな」みたいな反応をされるのはよくある話だ。

自分の好きは自分で追いかけなさいよ。上向いて口開けて待ってたら空から餌が落ちてくると思ってるの?

そんな風に思ってしまうのだけど私の「好き」と、他の人の「好き」はレベルが違うのだろうから「行けたら行く」「セッティングしてくれたら行く」「連れて行ってくれるなら行く」でも良いのだろうなぁ。

私の親しい人達(夫にしても友達にしても)は「好きなら1人でも行く。好きな物には全力で向かっていく」ってタイプの人ばかりなので、そうじゃない人と遭遇した時はいささか困惑してしまうけれど、人それぞれに人生があるのだから、それはそれで良いのだろうと思ったりする。

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日記
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