『おいしいごはんが食べられますように』は第167回芥川賞受賞作。題名だけで「はいはい。どうせ最近流行りの「丁寧な暮らし」とかそういう類のふんわりした小説でしょ?」と決めつけていたので、読んでみたいと思わなかった。
だけど最近「『おいしいこどはんが食べられますように』を読んでみたけど思っていたのと違った」みたいな話をあちこちで聞いたので「じゃあ、私も読んでみるか」と手に取ってみた。
……実際、思っていたのと違った!!
すっかり忘れていたけれど作者の高瀬隼子は『水たまりで息をする』は第165回、芥川賞候補作に入っているのだけど『水たまりで息をする』はその時分に読んでいて「これから高瀬隼子の新作は追っていく」と宣言するくらいには気に入ってたみたい。もっともそんな事はすっかり忘れていたのだけど。
『おいしいごはんが食べられますように』は誰かと語り合いたくなるタイプの作品で読後爽快ではないけれど、ものすごく良かった。
今回、オチは書かないまでも軽くネタバレが入るのでネタバレNGの方はご遠慮ください。
おいしいごはんが食べられますように
- とある会社を舞台にした物語。職場でそこそこうまくやっている二谷(男性)皆が守りたくなる存在で料理上手な(芦川)仕事ができて努力家の押尾(女性)の3人を中心に物語が進んでいく
- 「頭痛がするので帰ります」としょっちゅう早退する芦川に対して、押尾はその尻拭いをするタイプ。それなのに何故か芦川の方が職場では可愛がられる存在
- あるキッカケから二谷と芦川は付き合うことになり…
感想
食べ物小説かと思っていけたど全然違っていた。食べ物小説と言うよりも、どちらかと言うと「会社小説」だと思う。
世の中にはたくさんの種類の仕事がある。工場、外での肉体労働、病院、介護、学校(教師)など。数ある仕事の中でも『おいしいごはんが食べられますように』の舞台は「会社」なので会社員として働いたことのある人なら登場人物の誰かに共感するところがあるように思う。
主要人物の3人はぞそれぞれ全くタイプが異なる
- 二谷→食事に対しての情熱が希薄
- 芦川→身体が弱くて休みがち。自作のお菓子を会社に持ってくる
- 押尾→努力家。芦川のことが嫌い
私…読んでいて猛烈に芦川にイライラしてしまった。芦川は天然を装った計算高いタイプの女性。「低気圧で頭が痛いので帰ります」とすぐに会社を早退する。そのくせ「午後から頭痛が治ったのでお菓子作ってきました」と翌日、手作りのお菓子を同僚に配る。
頭痛からのお菓子配るエピソードには本気でムカついてしまった。「いやいや。お菓子作れる程度の頭痛なら仕事しろよ」と。
また。穴に落ちた猫のエピソードも面白かった(腹が立った)。穴に落ちて這い上がれ無い猫を見つけた芦川と押尾。泥だらけになって猫を救出する押尾と「押尾さんは凄い」と言うくせに自身の手は一切汚さない芦川。読者からすると押尾の方が優しい人間のように思えるのだけど、職場での評価は「芦川さんは優しい」って事になっている。
高瀬隼子…恐ろしい子! 人間の描き方が上手過ぎる!
最近は職場内でも「自分を大事にしよう」「頑張らなくてもいいんだよ」な風潮があって「体調不良で休みます」「メンタルがキツイので休みます」と言う人には優しくしなければならない。それ自体は正しいことだと思うのだけど「休みます」の裏で誰かがシンドイ思いをする仕組みになっている。
「頭が痛いので休みます」と早退する芦川と頭が痛いけど頭痛薬を飲んで働く押尾。
芦川の生き方は間違ってはいない。だけどそれによって誰かが割りを食うことにる訳で、それを引き受けてしまうのが押尾。私自身は押尾タイプの人間なので読んでいてずっとイライラしてしまった。
そして芦川でも押尾でもない二谷。コイツはかなりズルイ。「二谷みたいな人って、職場に一定数いるよなぁ」と感心してしまった。
読んでいて始終ムカついていたけれど、作者の高瀬隼子には「よくぞ書いてくれました」って気持ちでいっぱいになっている。職場で誰もが抱いているモヤモヤとかイライラをちゃんと文章化して説明してくれたのだ。
猛烈にムカついたし、ラストもモヤモヤしたけど面白かった!
そして私は『おいしいごはんが食べられますように』の感想を誰かと語り合いたくて仕方がない。語り合いたい…のではなくて、芦川の悪口を言いたいだけなのかも知れないけれど。
サイゼリヤか鳥貴族あたりでお酒飲みながら『おいしいごはんが食べられますように』について、ああだこうだ言いたい。ここまで心をかき乱された作品を読んだのは久しぶり。芥川賞受賞に相応しい作品だと思った。