谷崎潤一郎は若い頃、猛烈に傾倒した事があって私にとって特別な作家の1人なのだけど、アマゾンオーディブルで聴き直してみることにした。
20代、30代の頃に読んだのとは違う感想が出てくるのではないかな…と薄々予感していたけれど、出てきましたよ。違う感想ってヤツが!
『鍵』は谷崎潤一郎の作品の中でも谷崎潤一郎が老年期に書いた作品…と言うこともあって、20代の時は「う~ん。他の作品に較べるとイマイチかな」と思ったものだけど、50代になってから読むと、当時見えなかったものが見えてきて面白い。
『鍵』はもはや古典的名作と言っても良いと思うので感想はネタバレ込となります。ネタバレNGの方はご遠慮ください。
鍵
『鍵』は全編、夫と妻の日記形式になっている。
主人公である初老の大学教授の夫年若い妻の郁子を崇拝し猛烈に愛していたが、年齢的なところもあって性生活が上手くいかなかった。
夫は嫉妬から性的に興奮して妻の郁子に性的に奉仕するための精力を得ようと考え、自らが娘の敏子との縁談を持ちかけた教員の木村と妻を一線を越えない限界まで接近させる。
酔い潰れて浴室で全裸で倒れた郁子を木村に運ばせたり、酔い潰れて昏睡する郁子の裸体を撮影し、その現像を木村に頼むなどの経緯を日記に書いていく。日記の中で夫は郁子に日記を盗み読んでほしいのだと書き、日記を隠している引き出しの鍵をあえて落とす。
一方、妻の郁子も日記を書いていた。
郁子はいつでも盗み読めるが夫の日記を盗み読む気はないと日記に書く。また郁子は夫を性的に興奮させるために嫌々ながらあえて木村と接近する…自分も日記を書いていることを夫は知らないはずだとも日記に書く。
郁子と木村の関係が深まっていく中、夫は精力剤等の飲み過ぎから健康を崩していき最終的には死に至る。
夫の死後、郁子は今まで隠していた本当の気持や夫の死の経緯などを日記に記し、夫婦関係の全容が明らかになる。
感想
恐るべし谷崎潤一郎。あんなエッチな小説でも「文学」として認められちゃうんだなぁ。若い頃はそこまで感じなかったのだけど、50歳になった今読むとエッチさ加減がよく分かる。
谷崎文学はエロスとフェチズムが取り上げられるけれど『鍵』については爺さんの妄想爆裂日記…って感じでエロス云々よりも「ここまで素直に自分の性欲に向き合えるって凄いな!」と清々しい気持ちになってしまった。
普通に考えて「妻とセックスしたいがゆえに精力剤飲みすぎて身体壊して死ぬ」なてん設定、ギャグ漫画にも出来ないと思う。でも、そこを突っ走ってしまうのが谷崎潤一郎の凄いところだ。
『鍵』は何度も映像化もされているけれど、小説と映像化された物は別物なんだなぁ…と言うところも感慨深いものがあった。『鍵』が映像化される場合、その次代のお色気ムンムンの女優さんが郁子を演じることが多いのだけど、実際の郁子は今の美女とは随分違っている。
僕ハアマリニ西洋人臭イスラリトシタ脚ヨリモ、イクラカ昔ノ日本婦人式ノ脚、私ノ母ダトカ伯母おばダトカイウ人ノ歪ゆがンダ脚ヲ思イ出サセル脚ノ方ガ懐なつかシクテ好キダ。ノッペラボウニ棒ノヨウニマッスグナノハ曲ガナサ過ギル。胸部ヤ臀部モアマリ発達シ過ギタノヨリハ中宮寺ノ本尊ノヨウニホンノ微かすカナ盛リ上リヲ見セテイル程度ノガ好キダ。妻ノ体ノ形状ハ、恐ラクコンナ風デアロウトオオヨソ想像ハシテイタノダガ、果シテ想像ノ通リデアッタ。
谷崎潤一郎『鍵』より引用
- 西洋人のスラリととした足は好きじゃない。
- 尻や胸も大きいのは好みじゃない。
- 中宮寺の本尊のような貧乳が好き。
- 妻の身体は自分の理想通りだった。
……と谷崎潤一郎が「美しい」とする女性は現代の感覚で言うと美女の枠には当てはまらない。だけど「好きなんだから仕方ないですよね」って話だ。それでこそフェチってもんだ。
谷崎潤一郎が足フェチなのは認識していたけど、貧乳フェチだった…ってところは昔読んだ時には読み切れていなかった。
『鍵』はエッチ話ではあるものの謎めいた日記形式を取り入れていて、最後まで読まないと全容が分からない仕掛けになっている。その中で妻の郁子の強かさと悪女っぷりが露見するのだけど、初めて読んだ時は妻の姿に感激したものだ。
だけど今は違う。「夫は死んじゃったけど、あれだけ欲望の赴くままに好き勝手生きられたんだから最高の人生だったよね」と思ってしまった。
それにしても自分の性癖と理想を恥ずかしげもなく文章にしちゃう谷崎潤一郎は凄いなぁ。人生を賭けて1つのテーマを追い続けてきたからこそ谷崎潤一郎は評価されるのかも知れない。
谷崎潤一郎の作品は濃厚なので続けて読むと消化不良になっちゃいそうだけど、追々と復習していきたい。