『ジョゼと虎と魚たち』は田辺聖子の恋愛小説を映画化した作品。公開当時はイマイチ興味が持てずに観ないまま終わってしまったのだけど、アマゾンプライムで公開されていたので視聴したしてみた。
なお私は原作小説は発売当時に読んでいるけれど、アニメ映画版と韓国映画版(韓国でも映画化されているらしい)は観ていない。
今回はネタバレ込の感想なのでネタバレNGの方はご遠慮ください。
ジョゼと虎と魚たち
あらすじ
主人公の恒夫は、雀荘でアルバイトをしている大学生。バイトも学業もほどほど。女の子には不自由しないタイプのリア充。
バイト先の雀荘で近所に出没する婆さんのことが話題になる。その老婆は乳母車を押しているが、乳母車に乗せているものがわからないとのこと。
恒夫はある日、偶然老婆に遭遇し、乳母車に乗っているのが少女であることを知る。それが、ジョゼとの出逢いだった。祖母とジョゼは生活保護を受けて暮らしていた。祖母はジョゼを「壊れもん」と呼び、彼女を世間の目にさらすことを嫌っていた。
ジョゼは口が悪く高飛車でフランソワーズ・サガンをこよなく愛していた。かつて恒夫が出会ったことのないタイプで、恒夫いつしかジョゼに惹かれてく。
足の不自由なジョゼは外の世界をほとんど知らなかったが、恒夫と出会ったことで様々な経験をし、いつか2人は恋人となるのだが……
原作との違い
『ジョゼと虎と魚たち』は今回、私が見た日本の実写版以外にも韓国実写版、アニメ版と映像化されている。そのたびに「原作と違う」と言われているようだけど、まぁ…確かに原作とは違う。
そもそも田辺聖子が書いた『ジョゼと虎と魚たち』は超短編作品で映画化するほど尺がないのだ。ものすごく汚い表現で言うと「健常者の青年と障害者の少女が出会って恋に落ちてセックス!」程度の物語で、2人の結末については明記されていない。
原作の『ジョゼと虎と魚たち』は雰囲気を楽しむ作品と言っても良いと思う。
私は田辺聖子の原作を読んだ時に「田辺聖子ってこんな作品も書けるんだなぁ」と心底感心したし、映画化されると聞いた時は「あれって映画化出来るような話だったっけか?」と驚いた。
田辺聖子の原作を知ってから映像化された作品を観る人に言いたいのは『ジョゼと虎と魚たち』は公式が認めた二次創作なんですよ…ってこと。
なので「原作と違う」と言うのは野暮の極み。
- 足の悪い美少女と大学生の恋
- ひと夏の恋的な勢いだけのセックス
- 少女は学校に行っていないはずなのに知的設定
- フランソワーズ・サガンとか言うお洒落キーワード
- 「虎」と「魚」と言うポエム展開
作品を読んだクリエイターが妄想を掻き立てられて、色々と作業がはかどってしまうような小説を世に産み出した田辺聖子が1番偉いと思う。
色々な二次創作(笑)がある中で、アニメ版などは「全然違う。コレジャナイ」って人が多かったようだけど、日本映画版の『ジョゼと虎と魚たち』は比較的原作に寄せている気がするし、ラストの解釈も分かり味が深かった。
設定のガバガバさと胸糞さ
『ジョゼと虎と魚たち』は胸糞作品と言われることが多いのだけど、これについては「分かる」としか言いようがない。
私は『ジョゼと虎と魚たち』は好きでも嫌いでもないけど「嫌いだ」と言う人の意見は「なるほどですね~」って感じ。
- 生活保護受給者とかクズなのでは?
- ジョゼは障害者手帳とか年金もらってないの?
- てか恒夫は結局ジョゼを捨てる(映画版の解釈)クズ男やん?
……とか、これらについてはホントその通り。
だけど福祉観点から言うと福祉の世界は「申請」が全てなので、ビックリする人もいるかと思うけど、世の中には身体障害者手帳を持っていない重度障害者は少なからず存在する。
実際、私は知人から「妹が重度障害者なのに親の無理解から障害者手帳を持っておらず、何の支援も受ることができないない。どうしたらいいんだろう?」と相談を受けたことがある。
……なので、ジョゼと「おばあ」の状況もそんな感じなのだと思う。
ただし「ジョゼが児童養護施設(孤児院的なところ)に入ってる時点で障害者なら手帳もあるだろうし、おばあが生活保護受けてる…って事は家族の状況は把握されているはずだから、あの生活は無いよな…」ってところではある。
生活保護は最終手段。障害者がいる場合は障害者年金が優先されるし、その時点でジョゼの身の振り方については相談支援的なところが介入してくるので、そもそもとして設定はガバガバ。
『ジョゼと虎と魚たち』は現代ファンタジーとして許容するしかない。
そして恒夫が逃げた事についてだけど、言っちゃあなんだが「そりゃそうだ」って話。
映画では描かれていなかったけれど介護生活は半端ない。排泄介助とか入浴のこととか全然書かれていなかったけれど、あの状態だったら介助ゼロで生活することは難しいと思う。
障害者介護の場合、老人介護以上に先が長いのでホント地獄。
恒夫がジョゼを捨てて、元の恋人に走った流れはリアル感があるなぁ~と感心してしまった。
役者陣の名演技
物語的な好き嫌いはさておき。『ジョゼと虎と魚たち』は役者陣の演技が素晴らしかった。
まずは主人公の恒夫を演じた妻夫木聡。チャラチャラした感じのする薄っぺらなクズの青年をバッチリ演じてくれていた。
恒夫は単純なイケメンではダメなのだ。悪いヤツではないのだろうけど、周囲や雰囲気に流されてしまうクズでなければいけない。妻夫木聡…ハマり役だったと思う。
ヒロインジョゼを演じた池脇千鶴も見た目は美しいけど性格的に難アリな障害者ジョゼを見事に演じきっていた。ちょい役でしかなかったけれど板尾創路の存在感もなかなかのもの。
そして『ジョゼと虎と魚たち』で最も素晴らしい演技を見せてくれてのは「おばあ」を演じた新屋英子。あれ以上の「おばあ」は考えられないと思う。
新屋英子(故人)は舞台をメインに活動していた女優さんだけど、個人的には「仕事を選ばない人だなぁ」って印象が強い。ミニシアター系の映画だけにとどまらず、地方ローカル番組の再現ドラマにもしょっちゅう登場していたので40代以上の関西人は名前を知らなくても「なんか見たことある」と思う人は多い。
新屋英子の演じる「おばあ」は、いかにも偏屈そうな老人…って感じ。
もしかすると見る人が見れば「この人は何らか(精神or知的)の障害があるのでは?」と思うかも知れない。だけど、現実的に生活保護を受給している高齢者に「おばあ」のような人は多いのだ。
『ジョゼと虎と魚たち』の中において「おばあ」は決して良い役とは言い難く、どちらかと言うと悪役ポジションではあるけれど、だからこそこの役を「まさにそれ」なレベルで演じきっているのは素晴らしいと思った。
新屋英子はすでに亡くなっているのだけれど、彼女のような女優さんは、そうそう出てこないだろうなぁ…と思う。
胸糞エンドではあるものの……
さて。『ジョゼと虎と魚たち』の日本版、実写映画は「恒夫がジョゼの元を去っていく」ところで物語が終わる…と言う非常に胸糞の悪いラストを迎える。
だけど私はこのラストを単なる「胸糞エンド」とは思えなかった。
ジョゼを捨てて泣き崩れる恒夫とは対照的に、電動車椅子を乗りこなして街を行くジョゼの描写は「なんだかんだ言ってジョゼは強く生きていくんだろうなぁ」と予感させてくれるものがあった。
実写映画版の『ジョゼと虎と魚たち』は公開当時に「落ち目の若手女優を脱がせるだけの作品」と言われたりしたけれど、現実と妄想を上手く取り込んだバランス感覚に優れた名作だと思う。