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廃墟化する家と主のいない庭。

最近、家の前に落ちている梅の実を拾うのが日課になっている。

我が家は北向きで敷地パツパツに建てられた小さな家だけど、お向かいは敷地が広くて立派な日本庭園を持つ素敵な日本家屋。

お向かいは庭が趣味のご主人が建てたそうで年に数回、植木屋さんが来て庭木の手入れをしていた。そしてきれい好きの奥様が家の前に落ちた木の葉を綺麗に掃除するのが朝の日課だった。

ところがご夫婦が亡くなって以降、庭の手入れをする人がいなくなったため、日に日に庭が荒れ果てている。道路わきに植えられた梅の木からは毎日のように梅の実が落ちてくるのだ。

そう言えば秋から冬にかけての落ち葉掃除も大変だったけれど、梅の実は落ち葉よりも厄介で道に転がっていくので、運が悪いと自動車に轢かれてアスファルトに張り付いてしまう。そうなると非常に見た目に悪い上にちょっと臭い。

そうかと言って他人の家の梅の木なので勝手に実を取る訳にもいかず、私に出来ることと言えば気がついた時にせっせと梅の実を拾い集めることくらい。

近隣では主がいなくなった家が増えているけれど、正直どこも似たり寄ったり。主が死んでしまったケースもあれば、存命でも施設で暮らしていて実質空き家になっているケースもある。

ご家族は施設の親に会いに行くことはあっても、親が住んでいた家に来ることがないので、荒廃ぶりはすさまじく、庭木が茂って家の入口を塞いでいたり、伸び切った木の枝が通りの邪魔をしたり。

「敷地に植物を植える」って、本来はなかなかにセレブな楽しみだったのだなぁ…ってことを今更ながらに思ったりしている。自分で手を入れるか、植木屋さんにお願いして手を入れるかしなければ、アッという間に荒廃していくのだ。

……実はこれ。他人事ではない。

夫の実家は義母1人で住んている。今のところは義母が機嫌良く庭の手入れをしているけれど、義母になにかあれば荒れ果てていくのは必至。数年前には「手入れするのが大変だから」と言う理由でから柿の木を2本切り倒しているものの、それでもいまだに様々な庭木が茂っている。

庭のある大きな家に住んていたとしても、大家族で同居するのが当たり前だった時代なら次の世代が庭の世話を引き継いだのだろうけれど、そんな時代じゃなくなってしまったものなぁ。

「早く全部の梅が落ちてくると良いのになぁ」と思いながら、朝な夕なに梅の実を拾う毎日。敷地と道路の間に生えてくだろう雑草については、勝手に除草剤をまかせてもらおうかと思っている。

お向かいの奥様には生前、大変良くして戴いたので落ち葉をはいたり梅の実を拾うくらいはさせて戴くけれど、正直「誰か住むなり売るなりして早いところどうにかして欲しい」って気持ちが強い。

…って。どうしようもないってことは分かっているのだけど。

とりあえず梅の季節が終わって「梅の実を拾って捨てる」と言うルーティンワークから解放されたいと強く願う。

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日記
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白い木蓮の花の下で
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