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ゆうじょこう 村田喜代子 新潮社

『ゆうじょこう』は硫黄島から熊本の遊郭に売られてきた娘の視点からなる連作短編。

廓を舞台にした小説は沢山読んできたけれど、他のどの作品とも似ていない新しさがあった。

村田喜代子だからこそ…の作品だと思う。

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ゆうじょこう

貧しさゆえ熊本の廓に売られた海女の娘イチ。

廓の学校“女紅場”で読み書きを学び、娼妓として鍛錬を積むうち、女たちの悲哀を目の当たりにする。

妊娠する者、逃亡する者、刃傷沙汰で命を落とす者や親のさらなる借金のため転売される者もいた。

しかし、明治の改革の風を受け、ついに彼女たちはストライキを決意する―過酷な運命を逞しく生きぬく遊女を描いた、読売文学賞受賞作。

アマゾンより引用

感想

廓を舞台にしていると言っても、作品の舞台は明治。

江戸時代が舞台の廓よりも時代が進んで、廓の仕来り等も変わりつつあるのが面白かった。「芸娼妓解放令」なども登場して、いままでにありがちな「哀しい女性達の物語」になっていないとこが良いと思う。

そうかと言って「女性の権利が~。人権が~」とやたら説教臭くなっていないところが素晴らしい。

ネタバレになるのだけれど、最終的に主人公を含む遊女達は自らの意志で廓を出て行く。廓を足抜けする話は沢山あれど、こう言う作品はかつて無かったように思う。

登場人物達はそれぞれに魅力的だった。

ヒロインのイチの野性的な奔放さも、東雲さんの気高さも、紫さんの変貌ぶりも、鐡子さんの聡明さも惚れ惚れするほど素晴らしかった。

村田喜代子は女を書くのが上手過ぎる。妊娠した紫さんの事を「赤ん坊の入った子宮に、紫さんは君臨されているのである」と言う表現には頭をブン殴られたような衝撃を受けた。

女の性を書かせたら、作者の右に出る人はいないんじゃないかと思う。

小池昌代も凄いと思ったけれど、それ以上だ。

……とは言うものの、私がこの作品を20代で読んでいたら「なんか気持ち悪い」としか思えなかったように思う。この時期に、この作品と出会えた事は幸せだと思う。

過酷な環境にあっても、自らで考える事をやめず、強く生きる女達の生き様になんだか励まされてしまった。読み応えのある素晴らしい作品だと思う。

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白い木蓮の花の下で
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