作家、遠藤周作が亡くなって24年。三田文学 No.142(2020年夏季号)に遠藤周作の未発表小説の全文が掲載された。
遠藤周作は1923年に生まれて1996年に亡くなっている。
未発表小説は長崎県にある遠藤周作文学館で発見され、ご遺族の許可を得て全文掲載されることになった。
「どうして三田文学なの?」って話なのだけど、遠藤周作は慶應ボーイだったので母校が発行している雑誌に掲載するのが自然な流れだったのかな…と推察する。
私は雑誌ではなく単行本派なのだけど、遠藤周作の未発表小説が単行本化される保証はないので、とりあえず購入して読んでみた。
影に対して
- 遠藤周作の未発表小説。原稿用紙にして104枚。
- 主人公の名前は勝呂。ただし『海と毒薬』等に登場する勝呂とは別人で遠藤周作本人をイメージしたもと思われる。
- 遠藤周作の母親について描いた作品で、遠藤周作の自伝的作品とも言える。
感想
私。控えめに言って遠藤周作大好き人間。
だけど今回発表された『影に対して』は正直言って面白くなかった。未発表小説のまま放置されていたのも、なんとなく合点がいく。
とりあえず文章が上手くない。特に冒頭部はいきなり多くの人間が出てくるのだけど、ひとりよがりな構成で読み難い。
主人公の勝呂が実家で幼少期のアルバムを眺めている場面からスタートするのだけど、畳み掛けるように勝呂に関わる人間が登場する。
- 勝呂本人
- 勝呂の父親
- 勝呂の息子(稔)
- 勝呂の義理の母(父親の再婚相手)
- 勝呂の妻
特に勝呂の義理の母は「義母」と表記されている上に関係性を説明していないため「あれ? これって奥さんのお母さんのことかな?」と思ってしまった。
原稿用紙104枚の短い作品とは言うものの、細部まで配慮されていなくて雑な仕事が目立つ。
物語は勝呂が語り部になっていて、勝呂の実の母がヒロイン。遠藤周作はお母様が大好きだったようで、お母様に対する気持ちを作品に昇華したかったと思うのだけど、いかんせん「女性」ってものを書き切れていない。
『影に対する』に限ったことではないけれど、遠藤周作の最大の女性は「女性を描くのが圧倒的に下手くそ」ってところにあると思う。
バイオリンに人生を賭けていた女性を描きたかったのか、それとも夫と子を捨てて出ていった母を描きたかったのか、もしくは母親に対する愛情と恨み節を描きたかったのか主題がブレブレで良い作品とは言えない。
私は「遠藤周作が発表しなかったのも納得出来るな」みたいな気持ちになったのだけど、解説を書いている加藤宗哉は遠藤周作が父親から「自分の家のことは絶対に書くなと言われていて、その約束をしたからではないか?」と考察している。
『影に対する』自体は素晴らしい作品とは言えないけれど、遠藤周作の作品を読み解く上で「遠藤周作の人生を知る」ことは必要なので、自伝的小説の発見は遠藤周作の文学を研究している人達の貴重な資料になると思う。
遠藤周作フリークの人なら買って損のないものだと思うのだけど「興味がなくもないかな?むくらいの人なら、図書館で読み流す程度で充分だと思う。
私自身は読んだことのない遠藤周作の作品に触れることが出来たので、それだけで満足したし、興奮した。発見してくれた人と、公開することを了承してくれた遠藤家の人達に心から感謝の気持ちを捧げたい。