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親は子の友達を選ぶことは出来ない

夏休み最終週。娘が幼稚園時代から仲良くしている友達親子が遊びに来た。

ちょっとリアルでは人には言えない話なのだけど、私はその親子とは距離を置きたいと思っている。

小さい頃はそれなりに仲良くしていたし、子ども同志は気が合うようなので大事にしたいと思うのだけど、年を追うごとに「この人とは合わない」と思うようになっていった。

彼女達はこの日記にも何度となく登場している。例えば…

……等、色々と「ちょ…私。無理…」と言うことが多々あった。

出来るこなら、ゆる~く関係を終わらせたいと思っていたのだけど「一緒に遊びたい」と言う猛烈な申し出があり「夏休みに1度くらい、いいか…」と来てもらったものの、私のストレスが半端なかった。

子ども達が遊んている間、大人2人で居間でお茶をしたのだけれど、話がまったく噛み合わないのは我慢するとしても、娘の友達の言葉遣いと立ち居振る舞いの悪さに辟易してしまった。

日本には「ガラが悪い」と言う言葉があるけれど、まさにそれ。

子どもに中学受験をさせる親から話を聞くと「うちの中学はガラが悪いから通わせたくなかったんですよね」みたいな事を言う人がいるけれど、私は娘の友達やクラスメイトを見て「ガラが悪い」と思ったことがなかったのだ。

まぁ…上品な地域だとは思っていないし、特に男の子は荒っぽい子もいたりするけれど、なんだかんだ言って可愛いものだ。

さらに言うなら、娘と親しくしている女の子達を見て「この子はちょっと…」なんて思ったことなど1度もない。

だけど久しぶりに会った距離を置きたいと思っているママ友の子はそうじゃなかった。

ひとことで言うなら「あなた、明日からでもキャバ嬢として働けるんじゃない?」って雰囲気。

娘の友達は『龍が如く』に登場する蓮っ葉な若い女性(キャバ嬢とか暴力団関係者の女)そのもの立ち居振る舞いで、言葉遣いが汚過ぎて引いてしまった。

娘に「○○ちゃんは2度とうちに呼びません」と申し渡したい気持ちで一杯になってしまった。

……もちろん、言わなかったけれど。

私はどんな理由があったとしても、親が子どもの友達を選別するべきではないと思っている。自分とは違う世界の人とお付き合いするのも、ある意味勉強。

さらに言うなら美しい無菌の世界で子どもを育てる危険性を考えると「ある程度の年齢までに色々な人や世界を知っておく」のは大切だろう。

……だけど「もう2度と来て欲しくない」ってところが私の本心。

今までは「親はちょっとアレだけど、親と子は別人格。子どもに罪はないし、娘と気が合うなら仲良くして欲しい」と思っていたけれど、ここへ来て気持ちが一変してしまった。

「親が親なら…」って考え方も馬鹿にしてものではないのかも知れない。

私は自分の母親が嫌いだと思って育ってきて、常に「母親のようになりたくない」と思っている。

それもあって今まで「親と子は別「と言う考え方を推してきたいのだけど、娘の友達を見ていると「やっぱり親子なのかな」みたいな事を思ってしまった。

子どもの頃「あの子はガラが悪い…」と口にする大人を見て「あの子の事を何も知らないのに酷い。どううして大人はそんな見方をするんだろう?」とプンスカ怒っていたと言うのに、自分がそんな見方をする大人になってしまうとは。

娘にとやかく言うつもりはないけれど、あの親子とは付き合いたくないと思ってしまった。自然に足が遠のいてくれることを願うばかりだ。

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日記
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白い木蓮の花の下で
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