私は小川洋子の作品の感想を書く時に、何度も何度も「小川洋子の作品の中で1番好きなのはホテル・アイリスだ」と書いているのに、今日の今日まで感想をアップしていなかった。
WEBに本の感想を書くようになって、もうすぐ20年になろうとしているけれど「サイトを作る前に読んだ本」についてはほとんど触れていないし、サイトを作ってから読んだ本についても忙しい時期に読んだ本は感想を書かないままになっている。
先日、本の感想の形式を手直しした時に「こんなに小川洋子の作の感想をアップしているのに、ホテル・アイリスの感想が無いのはどうなんだろう?」と違和感を覚えたので、この機会に書いておこうかな…と。
今回は容赦なくネタバレしていくのでネタバレNGの方はご遠慮ください。
ホテル・アイリス
- 物語の設定は小川洋子特有の「なんちゃって西洋」的な世界。
- 主人公は美貌の少女マリ。
- マリは母親が経営する『ホテル・アイリス』で働いている。
- ある日、マリは1人で孤島に暮らすロシア語の翻訳家を名乗る老人と知り合いになる。
- そして小川洋子式、ロンマチックSMの世界か展開される。
感想
『博士の愛した数式』を発表して以降、小川洋子はすっかり大人気作家の仲間入りをした。
『博士の愛した数式』はハートフルな物語。
『博士の愛した数式』以降に執筆された『猫を抱いて象と泳ぐ』あたりも美しい物語なので「小川洋子は美しい物語を書く作家」と言う認識の方も多いと思うのだけど、そのイメージで『ホテル・アイリス』を読むと卒倒するか、気分が悪くなると思う。
まぁ…なんと言うか、女性の書いたSMエロ小説だ。しかも本格的なエロ。
もちろんSMエロ小説と言っても、そこは小川洋子なので安心して欲しい。エロいけれど決して下品ではない。
「あっはん・うっふん」だけの物語ではいし、女性が読んでも美しいと感じるような作品に仕上がっている。
小説家の中には不思議と「爺さんと少女」と言う組合せが好きな人が一定数存在する。そして意外にも一部方面の方々に、その類の路線はたいそうウケが良い。
川端康成は『眠れる美女』と言う「爺さんが少女を抱く店」をテーマにした作品を書いているし、谷崎潤一郎も年の差カップルが大好きだ。
瀬戸内寂聴も『手毬』と言う作品で良寛と若い尼僧の愛を描いている。一時期流行った川上弘美の『センセイの鞄』もそんな感じ。
しかし『ホテル・アイリス』ほどブッチギリで老人と少女の恋愛を描いた作品は無いと思う。
しかもSM。無垢な少女(その要素はあったにしろ)が老人に性的な意味で開発されていく物語だ。
初めて読んだ時はその内容に度肝を抜かれたものだけど、10年以上ぶりに再読してみると「丁寧なエロ小説だなぁ」と違う意味で感心した。
物語の中で、プレイの最中にヒロインであるマリが翻訳家の逆鱗に触れて酷い仕打ちを受ける場面がある。だけど、初めて読んだ時、私はどうしてもマリの行動が理解できなかった。
「マリは翻訳家の逆鱗に触れる事が分かっていながら、どうして翻訳家に対してあんな事をしたのだろうか?」と。
友人にその話をしたところ、友人はこう言った。「あなたには一生分からないよ。本当のMにとって、主人から責を受ける事はご褒美なんだよ」と。
当時は正直ピンとこなかったものだけど、改めて読んでみると納得出来るものがあった。
主人公のマリの心は真っ直ぐに翻訳家に向かっている。
翻訳家もマリを愛していたとは思うのだけど、愛情の度合いを図れるのなら完全に「マリ≧翻訳家」って感じだ。
マリは全身全霊をかけて翻訳家を愛していた。その愛は、ある種の趣向を持たない人には理解し難いものかも知れないけれど、それでもマリの愛は本物だったと思う。
小川洋子は沢山の作品を描いているけれど『ホテル・アイリス』ほど登場人物達が感情を爆発させた作品は見当たらない。
小川洋子の作品の世界観を知る上で『ホテル・アイリス』と特別な1冊だと思う。
ただ、テーマがテーマなだけに、その類の話が嫌いな方にはオススメ出来ないし、読む人を選ぶ作品とも言える。
私はそんな『ホテル・アイリス』が大好きだし、小川洋子の最高傑作だと思っている。