すごく良かった。あまり良かったものだから、ちゃんと感想を書ける気がしない。
それくらい良かった。
私は20年来、津村節子のファンなのでファンの欲目が入ってしまいがちだけど、それを抜きにしても素晴らしい作品だと思う。
紅梅
舌癌の放射線治療から一年後、よもやの膵臓癌告知。全摘手術のあと夫は「いい死に方はないかな」と呟き、自らの死を強く意識するようになる。一方で締切を抱え満足に看病ができない妻は、小説を書く女なんて最低だと自分を責める。吉村昭氏の闘病と死を、作家と妻両方の目から見つめ文学に昇華させた衝撃作。
アマゾンより引用
感想
津村節子は作家である吉村昭氏の妻であり、この作品には吉村氏の闘病から死ぬまでの経緯が描かれていた。
吉村氏もまた作家であり、夫妻は夫婦して芥川賞受賞作家という稀有な存在だったのだけど、この作品は作家夫婦だったからこそ書くことが出来た作品だと思う。
作家として互いを尊重しあった夫婦の姿には感動せずにはいられない。
この作品は夫である吉村氏の死の経緯を描いてあるけれど、伝記的なものではなくて、あくまでも「小説」だと思う。
津村節子らしい文章で、平成の世を描いているのに、昭和の香りが溢れていた。だが、これは決して悪い意味で言っているのではない。
津村節子は昭和に生まれ、昭和を生きた人なのだ。時代が変わっても淡々と自分のスタイルでもって生活している夫婦の日常が垣間見えるようで、とても面白かった。
さて。ここからは大事なところのネタバレ。ネタバレが苦手な方は、御遠慮ください。この作品の感想を書こうと思うと、そこを書かないでいるのは無理なので。
吉村氏が無くなった後の偲ぶ会で、作者は「夫は自殺しました」というような発言をしておられた記憶があるのだけれど、私はずっと不思議に思っていた。
「それは自殺ではなくて過剰な医療を拒否しての自然死ではないのかな?」と。私ごとで恐縮なのだけど、私の父も最期は延命を拒否して亡くなった。
人の生死観は色々あって、それが良いのか悪いのかはさて置き、家族としては「むしろ良かったこと」と受け止めている。
しかし、吉村氏の場合は……私も自殺だと思う。
壮絶な闘病の末、あんな姿を見せられた家族はどんなに辛かったことだろう。子ども達が「互いの伴侶は呼ばなかった」という気持ちが理解できる。
私が同じ立場でも、きっとそうしたと思うから。
壮絶ながらも淡々と闘病生活が綴られていた矢先に、あのラストを読まされた時の驚きったら無かった。それまでの淡々とした描写が、壮絶さを引き立てて、もう見事としか言いようがなかった。
でも、これはあくまでも「作品」なので事実と違う部分があるのかも知れない。
しかし重要なのはそれが事実であったかどうか……ではなくて、作者が「夫の死」の経験を素晴らしい作品に昇華したことだと思う。
私は以前にも「津村節子は死を書くのが上手い」というような感想を書いたことがあるけれど、この作品ではその実力が十二分に発揮されている。
津村節子の書いた作品には名作が多いけれど、この作品は5本の指に入ると思う。
それほどまでに素晴らしい作品だった。素晴らしい読書が出来たことに感謝せずにはいられない。