『烈しい生と美しい死を』は『青鞜』をめぐる女達について書かれたエッセイ集。
一応、エッセイ集という形で出版されてはいるけれど、限りなく小説に近い作品だと思う。
個々の話は小説形式なのだけど、ところどころに作者の日常や考えが入ってくるので、エッセイとも小説ともつかない印象。
烈しい生と美しい死を
かつて女は闘った。平塚らいてう、田村俊子、岡本かの子、伊藤野枝、管野須賀子……。
「青鞜」と大逆事件の時代、百年前の女性たちは因習に立ち向かい、烈しく恋と革命に生き、命を燃やし尽くして潔く美しい死を選んだ。翻って、現代を生きる女性は本当の自由を勝ち取ったのだろうか――。
九十歳を迎えた著者が、波乱万丈だった自らの人生と重ねて渾身の筆で描き出す、百年の女性賛歌。
アマゾンより引用
感想
私自身が女性なので、女性のために立ち上がった女性達についてはとても興味がある。
特に『青鞜』の周囲に集まってきた人達は良いも悪いも個性派揃いで、彼女達の生涯はとても魅力的だ。
愛や恋に生きた人、理想に生きた人……。平々凡々と生きせている人間には想像も出来ないような世界が広がっていて、読んでいるだけで心が熱くなってしまった。
現役作家さんにその時代の事を書かせるなら瀬戸内寂聴をおいて他にはないと思う。
何しろ、瀬戸内寂聴自身がその時代に生きた人達と少しでも接点があるのだから。そして瀬戸内寂聴自身も奔放な生き方をしてきた人なので、奔放な女性を描くのがとても上手い。
私は瀬戸内寂聴の作品は結構好きだったりするのだけれど、全面的に好きかと言えばそうではない。
この作品も例外ではないのだけれど「沢山の子どもを産んだ女性は素晴らしい」とか「恋や理想に生きる女は家族や子を捨てても仕方ない」とか「奔放に生きる女を批判するのは本当の恋や愛を知らない可哀想な人」みたいな考えにはどうしても賛同出来ないのだ。
言っちゃあなんだが、女性が生き辛かった時代にも女手一つ子どもを育ててきた人なんて掃いて捨てるほどいただろうに。
「恋や理想のために不倫→子を捨てる→時代が時代だし仕方なかった」という図式は決して成り立たない。
瀬戸内寂聴自身、子を捨てて恋に生きた人なだけに、そのあたりは甘いと言うか自己否定出来ないところなのかも知れないけれど。
この部分は私が結婚して子を育てるようになったからそう感じるのではなくて、以前からずっと違和感を抱いていた。
まぁ、それはそれとして。この作品に登場する女性達の自由で奔放な生き方には頭が下がる。
瀬戸内寂聴は「今の時代は自由でいい」と書いているけれど、今の時代でさえ、あそこまで奔放に生きたら後ろ指刺されると思う。
勿論、彼女らが生きた時代よりもずっと生きやすくはなったとは思うけれど。
正直「なんだかなぁ…」とモニョモニョさせられる部分も多かったけれど、面白い作品ではあった。
『青鞜』に関わった女達が登場する別の作品も読んでみたいと思う。