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高校野球予選。親目線で熱くなる。

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私。人生で1度も運動部に入ったことがない、ゴリゴリの文化系人間だ。スポーツ観戦も基本的に興味がない。サッカー好きの夫と付き合う中でサッカーは少し観られるようになったものの、野球に至っては全く興味がなかった。

……しかし、この夏は時間が許せば高校野球の予選を観ていた。理由は複数ある。

  • お隣の奥様(高校野球ファン)の影響
  • 娘の出身高校(天王寺)を応援していた
  • 大阪公立高校の最高峰(北野)と名門・大阪桐蔭との試合が熱かった
  • 野球留学したご近所キッズの高校を応援していた

要するに、全て親目線での観戦だった。

野球に興味がない私だけれど、例えばご近所キッズが小さい頃から野球に取り組んでいて、ご両親が全力でサポートしている姿を間近で見ていると「頑張れ」と応援したくなってしまう。15歳で親元を離れて寮生活を選び、野球一筋で努力を積み重ねるって凄いことだと思うし送り出す親御さんも偉いと思う。

そして娘の出身高校にしても北野高校にしても、「公立高校が野球の名門私立高校と戦う」ことの大変さを理解できるだけに、判官贔屓的な気持ちが湧き上がってしまった……というところもある。

公立高校の野球部の子どもたちは、野球一筋というわけではない。ましてや進学校ともなれば言葉通り文武両道だ。勉強をしつつ野球に取り組み、3年生ともなると甲子園が終わると同時に受験体制に入っていく。知力も体力も半端ではない。

野球一筋に努力する私立高校の「スポーツ推薦組」の子どもたちも素晴らしいと思うし、勉強をしながら野球を続ける公立高校の子どもたちも素晴らしいと思う。どちらが上だとか下だとかいう話ではない。

応援しながらも「切ないなぁ」と辛い気持ちにもなっていた。

野球留学をしたご近所の野球キッズは2年生。「来年はレギュラー入りして甲子園に出たい」と言っているそうだけど、母が言うには「そもそも野球部員は100人以上いる大所帯だから、レギュラー入りすること自体が大変」とのこと。自分が生きるリソースの全てを野球に捧げたからといって、報われるとは限らない。

そして、公立高校の子どもたち。これは野球に限ったことではないけれど、スポーツの名門私立校と公立校では明確にレベルの差がある。これは私自身、体操をしていた娘を観ていて痛いほど感じていた。身体の作りから基本的なところまで何から何まで違うのだ。残念だけど届かない。そもそも練習量が圧倒的に違う。

レベルの違いは取り組んでいる本人たちが一番理解していると思うのだけど、それでも試合に臨む姿を観ると「頑張って!」と応援したくなってしまう。娘の出身高校(天王寺)は私立高校(東大阪大柏原)に敗れて夏を終えたけれど、「せめて1点入れて負けて」と願うような気持ちで中継を観ていた。甲子園には出られなくても「自分たちはあの高校から点を取った」という勲章だけでも持って帰って欲しかったのだ。

そして余談ではあるけど東大阪大柏原は甲子園出場経験があるものの来年3月に閉校が決定している。この夏は東大阪大柏原とって最後の夏。野球部の部員達は少しでも長く野球をしていたいと思いつつ戦っていたのかも……思うと、これまた泣けてくる。

周囲の大人が勝手に応援して感動するなんて考えようによっては滑稽かもしれない。自分が頑張っているわけでもないのに、他人の頑張りに乗っかっているのだから。だけど、私は若い頃、他人の頑張りに乗っかって感動することさえできなかったのだ。娘を育てたこと、歳を重ねたことで、ようやく感じることができた。

年を重ねると楽しめることが増えていく気がする。世界は美しいし、世の中には楽しいことや感動できることで溢れている。私が高校野球の予選で熱くなる日が来るなんて、想像したことさえなかったのに。

高校野球。取り組んでいる子どもたちと、それを支えているご家族に敬意を表しつつ、今日の日記の締めとする。

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