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映画『国宝』感想。

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『国宝』は吉田修一の小説『国宝』を原作とした日本映画。私は映画化を知った時点で原作小説を履修した。ちなみに原作小説はめちゃめちゃ面白かった。

映画版の『国宝』は観る人の属性によって感想が変わるタイプの作品だと思う。

  • 原作を読んだか、読んでいないか?
  • 歌舞伎ファンか、そうでないか?
  • 歌舞伎ファンでないなら歌舞伎を観たことがあるか?
  • 歌舞伎を観たことがなくても、ミュージカルや芝居が好きかどうか?
  • そもそも伝統芸能に興味があるかどうか?

原作小説を読まない状態で、歌舞伎ファンでもなくて、ミュージカルや芝居もさほど好きではなくて、伝統芸能にも興味が無い……って人は正直、観る必要の無い作品だと思う。だけど、どれか当てはまる部分があるなら楽しめるのではないだろうか。

ちなみに私は原作小説は履修済。歌舞伎ファンではないけれど、歌舞伎は何度か観たことがあり、そもそも舞台芸術が大好きだ。なお、今回の感想は出来る限りネタバレを避けているものの、映画予告で出ていることくらいには軽くバレ入ります。

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国宝

国宝
監督 李相日
脚本 奥寺佐渡子
原作 吉田修一
出演者 吉沢亮 横浜流星 高畑充希 寺島しのぶ
森七菜 三浦貴大 見上愛
黒川想矢 越山敬達 永瀬正敏
嶋田久作 宮澤エマ 中村鴈治郎
田中泯 渡辺謙
音楽 原摩利彦
主題歌 原摩利彦 feat. 井口理「Luminance」
公開  日本 2025年6月6日
上映時間 174分

あらすじ

物語の始まりは1964年の長崎。任侠の一門・長崎立花組の親分・権五郎の息子として生まれた立花喜久雄は、15歳の時にヤクザ間の抗争により父を目の前で失う。喜久雄は父の仇を取ろうとするが失敗して長崎を追われ、上方歌舞伎の名門・花井半二郎にその芸の才能を見出され引き取られる。

大阪の梨園に身を置くことになった喜久雄は半二郎の実子で同い年の御曹司・俊介(と出会う。正反対の出自と性格を持つ二人は、厳しい稽古の日々の中でライバルとして切磋琢磨し歌舞伎の世界に青春を捧げる。特に喜久雄は女形としての天賦の才を開花させ人間国宝の女形・小野川万菊の圧倒的な芸に憧れ、歌舞伎の頂点を目指す。

2人が20歳を過ぎた頃、喜久雄の才能が俊介を凌駕しはじめる。喜久雄の才能と俊介の血。そんな折に半二郎は交通事故で舞台に穴を空けることになってしまう。半次郎の代役に指名されたのは果たして……

顔面の強い役者は良いね!

令和の時代はルッキズム云々が取り沙汰されることが多いのだけど舞台や映画において「顔面偏差値が高い」ってのは重要だと思っている。

家族や友人、職場の同僚に顔面偏差値の高さを求めようとは思わないけれど、舞台や映画に出るような人となると話は別。顔面偏差値は高ければ高いほど良いし、スタイルは良いに越したことがない。

吉沢亮&横浜流星、女形役者がめちゃくちゃ似合ってて良かった! 実に美しくて最高だった!

私。歌舞伎はちょっとだけ嗜んだ時期があって何度か足を運んだことがあるけれど「大御所」と言われる女形の役者さんを観てめちゃくちゃガッカリしたことがある。ガタイが良くて出っ張り太った二重顎のオッサンが曽根崎心中のお初を演じていたのだけど、お初が徳兵衛よりもガタイが良くて、物凄く気持ちが萎えてしまったのだ。「素晴らしい芸かも知れないけど、これでウットリするのは無理だよ」と。

本気で歌舞伎に感動したのは坂東玉三郎の娘道成寺を観たのがキッカケ。女形ってものに絶望していた私の気持ちを塗り替えてくれたのが坂東玉三郎。もう可愛くて綺麗で言葉が出なくて「わぁ…わぁ…」とちいかわみたいになってしまった。

映像も舞台も見た目が命。小説だったら自分の脳内でどうにでもなるけど、そうじゃないのだもの。客は夢を見たいのだ。

吉沢亮&横浜流星。歌舞伎の素人の私にはその踊りや芸がどれほどのものかは分からないけれど、とかく綺麗でウットリした。2人とも顔面偏差値が高いだけでなく、相当努力したのではないかな。日常シーンも良かったけれど、舞台上でのシーンが特に良かった。

歌舞伎の舞台裏にワクワク

映画版の『国宝』では原作小説では知り得なかった「歌舞伎の舞台裏」を映像として観ることが出来たのが良かった。

特に感激したのが「早変わり」の仕組み。歌舞伎では衣装の早変わりのある演目がいくつもあるけど、観客側からは「どうやっているのか?」については分からない。ところが演者を正面に見据えたカメラワークだと衣装をどうやって着せ替えているのかがよく分かるのだ。

さらに言うなら着物を着せる人間も着せ替えられる人間も互いに合図を送っている…ってことを知って納得したし感激した。「素晴らしい舞台はあんな風にして作られているんだ!と。歌舞伎の舞台にいる「なんか分からないけど裃姿で控えている人」にも重要な役回りがあったのだなぁ。

ガチの歌舞伎ファンなら常識として知っていることなのだろうけど、歌舞伎に詳しくない人間からすと、いちいち感激させられた。

血か才能か?

伝統芸能の世界って基本的に世襲制が取られている。「生まれた時から役者の子」であるということは、物心ついた時から芸の修行がスタートしている訳で、経験値の積み方がエグい。

一方、天賦の際を得た人間が血を凌駕する…ってことも稀に起こる。実際、私が「わぁ…わぁ…」とちいかわみたいになってしまった娘道成寺を演じた坂東玉三郎は歌舞伎の家の出身ではないのだ。(余談だけど『国宝』の喜久雄は坂東玉三郎がモデルだと言われてる。真偽については確証無し)

喜久雄はずっと「血」の後ろ盾が無いことで苦労し「血」に憧れ、俊介の血が飲みたいとまで言っている。映画の中でもかなり不憫なポジションなのだけど、原作小説だともっと不憫な扱いになっている。

実際、才能云々の問題もそうだけど「育てられ方」ってところも大きな差になってくると思う。生まれながらの御曹司である俊介は小さい頃から立ち居振る舞いが役者のそれで、歌舞伎の家の付き合いなども心得ているのに対し、喜久雄はそのあたりのことが欠けている。「芸さえ極めればOK」ってのは建前の話。舞台は1人で作るものではなくて、あくまでも総合芸術なので自分1人が上手に演じたとしても良い舞台になるかどうかは別の話。俊介にはそこが欠けていたのだ。

見知った風景に感激

私は大阪在住でウォーキングが趣味。『国宝』にはよく知る風景が多数登場して感激した。

『国宝』のロケ地は京都の南座や先斗町の歌舞練場などもあったけれど、京都ロケ地は定番中の定番なので特筆しないけれど、大阪のロケ地は大阪でも超有名…って感じの場所ではなかったので正直ビックリした。

大阪府柏原市の玉手橋

高校生の喜久雄と俊介が制服姿で練習をする場面。ウォーキングで何度となく訪れている場所なので胸熱だった。なかなかインパクトのある橋だとは思っていたけど登録有形文化財に指定されているは知らなかった。

制服姿のイケメンがキャッキャウフフする姿はエモくて良き

大阪府東大阪市の東大阪市立日新高等学校&岩瀧山往生院六萬寺

日新高等学校は桜並木で有名な高校。岩瀧山往生院六萬寺は訪れたことは無いけど周辺を歩いたことがあるので「あのあたりかな~」と推察できる場所。

東大阪市と言うと「モノ作りの街」として知られていて、中小企業の工場が多いイメージが強いのだけど、それはあくまでも平野部の話。東大阪市も山側(奈良県と接する東側)は落ち着いた住宅街になっていて緑豊かで美しい街って感じ。

映画のロケ地を探す人って色々な場所を知っていてピックアップしてくるものだな~と感心した。

原作を読んでいるのに涙した

さて。私は原作小説を読んでいたので物語の展開はすべて知っている状態。それなのに映画の途中でボロ泣きしてしまった。

3代目半次郎が交通事故で舞台に穴を空けることになり代役が舞台に立つ…と言うくだり。もしかしたら原作小説を読んでいて、そこに至るまでの積み重ねた日々を映画以上に知っていたから泣いてしまった…ってところはあるかも知れないのだけど、登場人物達の心情を思うと、たまらなくなって泣いてしまった。

原作小説との違い

そもそもとして映画『国宝』の原作小説はめちゃくちゃ長い。

小説版では喜久雄の親が殺されたところから、半次郎に引き取られるあたりまでも丁寧に描いているし、何なら喜久雄の晩年までも書き上げていて大河小説って感じになっている。それをだった3時間に詰め込むなんて土台無理な話なので、物語は猛烈に端折られている。

私は原作小説から入った人間なので疑問を持つことなく物語を追っていたけれど、原作小説未履修で映画を観た人はよく分からない部分があったのではないだろうか。

映画『国宝』は「芸に生きる男」を全面に出してきていたので喜久雄を中心に物語が進んでいるため、喜久雄と俊介の女性関係についてはアッサリと流されているけれど、小説版では女性達にまつわるエピソードもしっかりと描写されている。

また「小説では重要なポジションだけど映画には出てこない人物」もいるし、何なら小説においても映画においても重要ポジションではあるものの微妙に改変されている登場人物もいる。俊介の母の幸子や小野川万菊などは随分と印象が変わっていて、私個人は小説版の幸子や万菊の方が魅力的に感じた。

ただ、物語を端折ったり登場人物の改変は映画化するにあたって仕方がないことなのは承知している。だけど原作小説を読まずに映画を観て「良かった~」と感激した方には是非とも原作小説を読んで戴きたい。たぶん…2度美味しい。より美味しいと思われる。

さらに言うならラストが違う。ラストは映画版よりも小説版の方が個人的には好みだ。気になる方は小説版を是非。

『国宝』は「非の打ち所のない名作」とまでは言えないと思うし、カンヌを逃しているのも「そりゃそうだ」とも思う。かなり尖った作品なのだ。万人に刺さるのではなくて「刺さる人には刺さる」ってタイプの作品。

私自身は可能であれば映画館でもう1回観たいと思うくらいに気に入ったし、配信が開始されたら自宅で復習したいと思う。『国宝』は歌舞伎や舞台芸術を愛する人にオススメしたい大作だと思う。

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