『IN』は主人公である小説家が自分の小説を書くための資料として、島尾敏雄『死の棘』のオマージュとして書かれた『無垢人』の登場人物を調べていくことによって浮き彫りにされていく人間関係を描いた作品。
私が最も苦手とする恋愛…不倫が描かれていて「読むのキツイかなぁ」と思っていたのだけれど、予想外に面白くてサクサク読み進むことが出来た。
IN
作家の鈴木タマキは、恋愛における抹殺をテーマに『淫』という小説を書こうとしていた。
主人公は、妻と愛人との修羅の日々を描いた緑川未来男の私小説『無垢人』の愛人、○子である。○子は果たして実在の人物なのか、創作なのか。
取材を進めるうちに、タマキは自身のかつての恋愛の狂乱を重ね合わせていく。小説の虚構が現実となり、そして現実を越えていく。
アマゾンより引用
感想
文章の達者さは流石に桐野夏生と言う感じ。グイグイと物語に引き込まれてしまった。まさに「いっき読み」だった。
中でも感心したのが『無垢人』に登場する作家の妻、千代子が、夫の裏切りを知って壊れていくところのリアルさだった。
私自身は結婚して4年目。夫との修羅場はまだ未体験なのだが、亡父は浮気症な男で、父と母はしょっちゅうその事で揉めていた。
千代子の狂乱ぶりは、幼い頃に目の当たりにした母の姿そのもので、なんだか気持ち悪いくらいだった。
恋愛の抹殺がテーマだとのことだが、作家としての業の深さの方が私には面白く感じられた。
描写のリアルさが素晴らしいとは思ったけれど、ひとことで言ってしまえば「所詮は不倫小説」って印象を受けた。
人生を根底から揺さぶるような熱さが感じられなかった。
ゲームのような恋愛とでも言えばいいのだろうか。それなりに傷ついたり、得る物や失う物もありそうだけど、魂に響いてこなかった。
前回、今回と続けて桐野夏生作品を読んでの感想は「上手い…って言えばそうだけど、最近、小手先の細工だけで満足してませんか?」に尽きる。
描写がリアルだったり、話の組み立てが面白かったりすることについては手放しで褒めることが出来るけれど「それ以上の何か」を感じられない作品が続いてしまったように思う。
私は作者の作品を愛しているので、余計に辛口になってしまうのかも知れないけれど、ガツンと食い込んでくる骨太な作品を読みたいと思ってしまった。