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ニワトリの思い出。

昨日『あひる』と言う本の感想を書いたけれど、この本を読んでいて色々と思い出した事がある。思い出した事の一部は本の感想に書いたけれど、書ききれない事があったので書き足しておきたい。もしかしたら、前にもこの話しは書いたかも知れないけれど、どうしても書きたくなったので書いておくことにする。

私は『あひる』の主人公のように、あひるを飼った経験はないけれど、ニワトリとひとつ屋根の下にいた事はある。「飼った」ではなく「ひとつ屋根の下にいた」と書くのには理由がある。私はニワトリを飼ったのではなく、一時的に面倒を見たに過ぎないからだ。

あれは私が小学校4年生か5年生の時だったと思う。夏の終わり頃、早朝にニワトリが時を告げる声が聞こえるようになった。当時はありがちなことだけど、きっとどこかの家の子がお祭りの屋台で「これはメスだから鳴かないし玉子を産むよ」とヒヨコを飼って、成長したらオンドリだった…ってパターンだったと思われる。どこの家のにニワトリだかは分からなかったけれど、とにかく毎朝うるさいことこの上なかった。

そんなある日。朝、新聞を取りに出たら家の前にダンボールの箱が置かれていた。ダンボールの箱はゴソゴソ動いていて、開けてみると中にはニワトリが入っていた。立派なオンドリで「コイツが毎朝鳴いていたニワトリだな」とピンときた。私は基本的に動物好きではあったけれど、ニワトリ…それもオンドリなんて飼いたくはなかった。けれど、家の前に置いておく訳にもいかず、とりあえずうちで保護することになった。

そのニワトリは大切に飼われていたらしく、羽が美しくて人慣れしたニワトリだった。撫でてやると喜んだし、人を突いたり乱暴な態度を取ることもない良いニワトリだった。私は基本的にに動物が好きなので、ニワトリに情が移るのはアッという間だった。しかし家で飼えない事は分かっていた。住宅街でオンドリを飼うなんて無理だってことは小学生にだって分かるのだ。

しかしニワトリを鶏肉屋に連れて行く気にはなれなかった。「どうしても殺したくない」と駄々をこねる私に、母親は素晴らしい話を持ってきてくれた。母の知り合いに山の麓でニワトリをたくさん飼っている農家があり、そこで引き取ってくれる…と言うものだった。私は「じゃあ、それなら…」と快諾し、ニワトリをダンボールに入れて、自転車の後ろにくくりつけてニワトリを引き取ってくれると言う農家にニワトリを連れて行った。

その家は昔ながらの農家で、本当にニワトリが放し飼いにされていた。農家のおじさんは優しそうな人で「ニワトリだってここで暮らす方が楽しいよ」と言ってくれた。私は安心してニワトリを農家のおじさんに託し「あの子は、あの家で放し飼いにされる方が幸せだよね」と満足した。

……と。これだけ書くと「子どもの頃の素敵な思い出」なのだけど、これを読んでくれている大人のみなさんは、もう分かってらっしゃると思う。あのニワトリは食べられてしまったのだ。放し飼いにされていたニワトリは全てメンドリだった。母も農家のおじさんも、子どもを傷つけないように口裏を合わせていたのだろう。私がその事実に気付いたのは、うんと大人になってからだ。

ヒヨコの屋台は姿を消してしまっているけれど、あの当時は日本全国で同じような悲しい思い出が量産されていたのだと思う。私はいまだ、名前も付けなかったあのニワトリの事を忘れる事が出来ないでいる。

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日記
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白い木蓮の花の下で
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