三連休中日。夫に「秋になったら山王美術館に岸田劉生を観に行きたい」と話したところ、夫が「そう言えば俺は山王美術館に行ったことない」と言う。確かに私は何度も山王美術館に足を運んでいるけれど、夫は出張だったり休日出勤だったりする日に1人で出向いていたみたい。

岸田劉生は後で観に行くとして。『生誕185年 ルノワール展』が開催されていたので岸田劉生に先駆けて夫婦で出向いてみることにした。

大きな美術館も良いけれど、私はどちらかと言うと小ぢんまりした私設美術館が好きなのだ。展示物が少ない分、ゆっくりと作品に向き合える気がしている。山王美術館の大きさは「私にちょうど良い」って感じがする。
展示室に入ってまず目に入ってきたのは「おそらくルノワールは悲しい絵を一度も描かなかった唯一の偉大な画家でしょう。」と言う言葉。今までルノワールのことをそんな風に捉えたことが無かったのだけど、言われてみれば確かにルノワールの絵に哀しい感じのものは1枚も見たことがない。ルノワール自身『いやなことが多い人生において、絵画は「愛すべきもの」「愉しく、美しいもの」でなければならないと』と晩年に語っている。
山王美術館所蔵のルノワールの絵画が50作ほど展示されていた。ルノワールらしい裸婦や花の絵、風景画などに混ざって習作(裸婦と花の習作)が展示されていたのが印象的だった。
山王美術館は解説が素人にも分かりやすくてとても良かった。特にルノワールの晩年から死後のエピソード。40代後半に関節リウマチを発症したルノワール。右手に絵筆を縛り付けて車椅子生活をしていたのに、最後まで制作活動をしていたとのこと。そんな状態でも描き続けたのは、絵を描くことが彼にとって喜びそのものだったからなのだろう。そして多くの画家達からも愛されていたみたい。残された書簡などを読んで「みんなルノワール大好き過ぎだね……」と感心した。
ルノワールは私にとって「1番好きな画家」ではないけれど「好きな画家達」の中の1人だった。そして私の周囲を見渡してみると「ルノワールを嫌い」って人は見当たらない気がする。例えば…だけど「日本画は苦手」とか「岸田劉生の絵は気持ち悪い」とか「ダリの絵を見ると不安になるから嫌い」って話は聞いたことがあるけど「ルノワールの絵が嫌い」って話はいまのところ聞いたことがない。
万人から愛される画家、ルノワール。今回『生誕185年 ルノワール展』を観てルノワールが愛される理由が理解できた気がする。常に光の方を向いていると影は見えない。生涯「愉しく、美しいもの」を見て描き続けてきたルノワールだからこそ、みんなから愛されるのだと思う。
なかなかルノワールのようには生きられないけれど、私も自分の好きなものを見たり楽しんだりしつつ、良い年の取り方をしたいな……と思った。
