『ブレイクショットの軌跡』は第173回直木賞の候補作。ちなみに第173回の直木賞は「該当作無し」だった。第逢坂冬馬の作品を読むのは『同志少女よ敵を撃て』『歌われなかった海賊へ』に続いて3冊目。
前回読んだ『歌われなかった海賊へ』はデビュー作ほどのめり込むことが出来なかったのだけど『ブレイクショットの軌跡』は文句なしに面白かった。前作、前々作と違って日本が舞台(一部外国描写もあるけれど)なので脳内で状況を想像しやすかった…ってのも良かったのかも知れない。
今回の感想は物語の大事な部分(物語のし掛け)のネタバレはしないものの、作品が進んでいく中で比較的早い時期に分かる主人公達の伏せられた部分を最初に開示するので「真っ白な気持ちで読みたい」って方はご遠慮ください。
ブレイクショットの軌跡
- 1台のSUV「ブレイクショット」を軸に8人の登場人物の人生が交錯する物語。自動車期間工の本田昴が寮生活最終日に同僚のミスを目撃する場面から物語がはじまる。
- 投資会社の副社長、板金工、不動産会社の営業マン、アフリカの少年兵など、多様な人物の視点で展開される群像劇。ブレイクショットが所有者を変えながら、各々の人生の転換点や社会の闇が浮き彫りになる。
- マネーゲームの狂騒、偽装修理、悪徳不動産の罠など、8つの物語は一見無関係だが、ブレイクショットを通じて徐々に繋がっていく…
感想
『ブレイクショットの軌跡』を読み終えた後「出来れば直木賞取って欲しいな…でも候補作との兼ね合いがあるから無理かな?」みたいなことを考えていたので「該当作無し」と聞いて心底ガッカリさせられた。そして「もしかしたら、ちょっと作者の思想が強めにでているところが駄目だったのか?」と思ったりもした。
逢坂冬馬の作品には前作、前々作と続いて同性愛者が登場するけれど『ブレイクショットの軌跡』も主人公が同性愛者なのだ。
逢坂冬馬の作品には『同志少女よ敵を撃て』ではヲタク界隈で言うところの「百合END」だったけれど「なるほど。ガールズ&パンツァーが好きな層に食い込むよう百合要素を突っ込んできたのか」くらいに思っていたし『歌われなかった海賊へ』についても同性愛者が登場するけど、こちらも「なるほど。BL(ボーイズラブ)好きな層に訴求してるのか」くらいにしか思っていなかった。
しかし今回の『ブレイクショットの軌跡』は日本人男性カップルがゲイという設定で、ファンタジー要素は一切排除して現代社会に生きる人間として描いている。
前作と前々作は「昔の物語」「戦争中という非日常的な物語」ってことで、同性愛要素は刺し身のツマ程度の扱いだったけれど、今回はガッツリ盛り込んでいて「そうか…最初からそこにテーマを持っていた作家さんだったのか」と認識を改めた。ちなみに『ブレイクショットの軌跡』では同性愛者だけでなくアセクシャル(他者に対して性的欲求を抱かないセクシュアリティ)も登場する。
……とは言うものの。LGBT的なところに特化した作品ではない。逢坂冬馬の描く戦争を盛り込んだ小説が好きなファンは安心して戴きたい。紛争地域についてもしっかり描写してくるから。今回は現代アフリカが戦争の舞台になっている。
そして今回の物語は時系列が一本調子ではなく、ルービックキューブをバラして組み立てたみたいな形になっている。なので1回最期まで読んでみてから再読するとより内容が頭に入ってくる。
物語の仕掛けについては伏せておきたいので書かないけれど「あの時疑問に思ったアレはそういうことだったのか」と後になって分かるようになっていて、全てが分かった時点で時系列を頭の中で並べ替えて最初から読み返すと、登場人物達の葛藤や成長がより理解できる作りになっていた。
逢坂冬馬の作品を3作続けて読んでみて私は逢坂冬馬の作風が好きなんだと確信した。そろそろ推し作家と言っても良いかも知れない。逢坂冬馬の書く作品の何が魅力的かって、物語の作りの上手さもあるけれど何よりも「主要登場人物達が何だかんだ言って良い奴揃い」ってこと。もうね…全員応援したい…って思っちゃう感じ。
面白かった! 実に面白かった!
2025年に読んだ本の中で確実にワタシ的ベスト5入すると思う。これから逢坂冬馬の作品は意識的に追いかけていきたい。