吉村昭の未発表作品集。
吉村昭は亡くなってから何年も経っているので、図書館で見かけた時は「あぁ…まだ、この人の知らない作品が読めるんだ」と、昔の恋人に再会したような甘ったるい気分になってしまった。
本にしても作家にしても1度好きになってしまったら永遠に好きだ。
真昼の花火
家業であった繊維業界に材を取った、構造変化に伴う新旧のあつれきをえぐる、人間ドラマであり産業小説でもある表題作ほか、自伝的要素の濃い単行本未収録小説集。
アマゾンより引用
プロの書評家の評価だと、なかなかの高評価のようだけど、ものすごく良いと言うほどではないと思う。
小説を書く職人、吉村昭らしい手堅い短編集。
面白いと言えば面白いし、普通と言えば普通。地味だがじっくり読ませる文章は「いつも通り」という印象。しかしファンには、むしろそれが良い。
短編集なので、数作品が収録されているのだけれど、私がいっとう心を魅かれたのは、あるボクサーの生きざまを描いた作品。
実は以前、吉村作品で似たようなテーマを描いた『孤独な噴水』という作品を読んで、面白くない…と言うか、作者にしては描き方が雑な印象を受けたのだけど、今回はそれが洗練されていて、ボクサーの業…と言うよりは、人間の業を感じさせてくれる仕上がりだった。
後味の良い作品ではないのだけれど、久しぶりに「純文学」を読んだ気にさせてくれた。
死後に発表された作品集なだけに、思い入れ込みで「良かった」とは思うけれど、作者が最も脂ののっている時期に書かれた作品集と比べると、やや力不足感があるのは否定出来ない。
……とは言うものの、ファンにとっては嬉しい1冊だと思う。
吉村昭好きの人にはオススメしたい。
ファン云々は抜きにしても、最近はカッチリした文章を書く作家さんが少ないので、そういう意味では貴重な作品集だと思う。吉村昭の他の作品の感想も読んでみる