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縁起のいい客 吉村昭 文藝春秋

気がつけば、この読書禄で1番たくさん感想を書いているぞ。吉村昭。

私はそんなに好きか? この地味で渋い作家さんの作品がそんなにも好きなのか?

……などと自問自答しつつ今回は小説ではなくて随筆集を読んだ。

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縁起のいい客

地味過ぎる……いくら私が渋好みでも、ちょっと退屈だった。

なんとなく読みづらくて申し訳ないと思いながらも、途中からザザーッと流し読みで片付けてしまった。色気のなさが敗因だと思う。

もっとも小説になると、この色気のなさ具合がいい感じなのだけれど。

こんなに面白くない真面目な人だから、あんな作品が書けるのかも知れないなぁ……と思ったりはしたけれど。随筆としてはキラリとしたものに欠けるように思った。

真面目過ぎるのだ。礼儀正しいと言うのかなぁ。ちょっと余裕のなさを感じる部分があったりした。

随筆としてはイマイチだったが、作者の「にわかフリーク」としては、それなりに発見があって、そういう意味では面白かった。

吉村昭はもう「老人」といってもいい年頃なのだが、文章に老人臭さがしないのだ。

どんなに大好きな作家さんでも、ある程度年齢を重ねてくると、説教臭さとか老人臭さが出てくるものなのに。

ちなみに私が愛してやまない遠藤周作も、晩年の作品……とくにエッセイには老人臭さがプンプンしていた。

もちろん私は老人臭い文章を否定している訳ではない。年を重ねることで文章が変わってくるのは当然だと思うし、年を重ねなければ書けないものもあるだろうから。

だからこそ、この作品に老人の匂いがしなかったのは、とても不思議だったのだ。

この地味で控えめな作家さんは、その地味さゆえに年齢を超えてしまっているのだろうか? たぶんそうではないだろう。

表現が控えめだからこそ「伝えたいこと」だけが際立って、それ以外のものの印象が薄くなってしまったのだろうと思う。

「老人臭さがしない」と言う意味においては感心した作品ではあったが、面白いとは言い難いあたりが残念だった。

次に吉村昭の作品を読むなら漂流物がいいなぁ。小説の取材の話を読んでいると、ますます作品を読んでみたいと思った。

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白い木蓮の花の下で
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