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湯灌師 木下順一 新潮社

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またしても題名だけで手にとってしまった作品だった。

『湯灌師』とは、なんて直球勝負なんだろう。

宮崎アニメのテーマソングの歌詞ではないが「生きている不思議。死んでゆく不思議」についてついつい考えてしまうタイプの人間なら、手に取らずにはいられないのではなかろうか。

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湯灌師

死者の顔に化粧をほどこし、唇に紅をさす。すると、顔は生きかえったようになりいまにも目をあけて起きあがってくるようだ。

死体とは生の終りではなく、死後の世界の始まりだ。死体を清め、粧うことをなりわいとして生きてきた男の物語。

アマゾンより引用

感想

以前、津村節子の作品で死化粧と湯灌を生業にしている女性の小説を読んだことがあるがこの作品の主人公は、家庭を持った男性だった。

人の死というのは、ただそれだけでビッグイベントなのだが、たいていの人は「生前から付き合いのあった人」以外の人の死と係わることはないと思う。

この作品では、その辺のところから湯灌師を語り、人の死を語っている。何某かの思い入れのある人の死を語るのではなくて「死」そのものを語るというのは、ちょっとめずらしいかも知れない。

ただ作品としてはイマイチまとまりに欠けていたし、オチも腑に落ちない感じで小説としては面白くないと思ったのだが、作者、木下順一の手による「あとがき」が印象的だった。

木下順一は子供の頃に右足を大腿部から切断しているらしく、その経験が、この作品を書くキッカケになったらしい。あとがき」に書いていたことに関しては、妙に納得する部分があった。

たとえそれが身体の一部に過ぎなくても「無くなる」ということは小さな死とも言えるのではなかろうか。

あるいは「無くなる」ということに関して考えてみるならば身体の一部でなく、気持ち的、あるいは精神的な部分の損失であっても人は小さな死を繰り返して生きているのではないかと思ったりした。

いっそ木下順一自身の体験を色濃くするか、そうでなければ「湯灌師」という職業の特殊性を強調していれば、もう少し読み応えのある作品になったのではないか……などと、ついつい、お節介なことを思ってしまった。

興味深い題材なのに、作り事で終わってしまったところが残念だと思う。

これと言って、面白い作品ではなかったけれど死を考えるについては興味深い作品だった。

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