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タトゥーの是非と視覚から得る情報について。

巷では、りゅうちぇるのタトゥー問題が熱いみたいだ。

個人的には全く興味がないのでスルーしていたけれど、twitterを開けばなんだかんだ流れてくるので、嫌でも目についてしまう。りゅうちぇるがタトゥーを入れようが、入れるまいがどうでも良い話だし、その事で彼の家族にどんな影響が出たしても、それはご家庭の方針だと思っている。

しかし「タトゥーの是非」についてはの意見について、人の意見を読むのは面白いな…と思う。

  • タトゥーはファッションだ→せやな
  • タトゥーをしていても立派な人はいる→せやな
  • 人を見た目で判断しないで欲しい→無理言うな

人間は視覚から多くの情報を得て様々な判断を行っている。

ヤクザっぽい格好をして歩いている人を見て「あ。やべっ。ちょっと離れて歩こう」と思ってしまうのは、彼らがヤクザと分かる格好をしているからだ。視覚から得る情報で「こいつヤクザだ、逃げよう」と判断しているのだ。

また、いじめの現場で「オタクがいじめられやすい」「デブがいじめられやすい」「ブスがいじめられやすい」って事実もこれにあたる。

見た目で判断して「コイツは自分よりも格下だからいじめてもOK」と判断するからいじめが発生する。もちろん、デブでも柔道の達人に突っかかっていく人はいない訳で、あくまでも視覚は「最初の判断ポイント」でしかないのだけれど。

「人は視覚で相手を判断する」と言うことについては私も身をもって実感してきた。

私は身長が143センチしかない。さらに言うなら子どもの頃は薬の副作用等で顔が腫れていたり、身体に紫斑と呼ばれる痣のような物があった時期があるので「見た目での偏見」については経験してきている。

タトゥーの場合、今はお洒落要素か強くなっているけれど、長い間「囚人だったりヤクザだったりする人に入れるもの」として認識されていた。

「今はそんな時代じゃないでしょ?」っと言うのはその通りだけど、わずか20年ちょっとで数百年続いた慣習をひっくり返す事は難しい。

「でも、りゅうちぇる素敵じゃない?」って人もいるだろうけど、社会として見た時にりゅうちぇるがパパとして素敵かどうかなんて、どうだって良いことだ。

ここで問題になるのは「社会に役立つ人かどうか」と言うこと。

タトゥーをしていても立派な人はいると思う。良いお父さんだったり、素敵なお母さんだったり。だけど世間にはこう考えている人が多いのだ。「タトゥーしてる人には頑張ってるよね」「あれは若気の至りってヤツかねぇ…」と。

長い間、日本の社会では「入れ墨をした人は社会の役に立たない人…どころか社会の迷惑になる人」として認識されてきたのだからタトゥーを愛する人達が「タトゥーを認めて欲しい」と思うのであれば、この部分を覆していく必要があると思う。

例えば…

全身タトゥーの人がノーベル賞取るとか、2歳時を救出したスーパーボランティアみたいな活動をするとか、災害があった時にタトゥー愛好家の団体がドカンと多額の寄付をするとか。世の中の8割以上の人が素直に「素晴らしい」と思えることをするのが効果的だろう。

世の中の価値観を変える事は難しい。

「世の中を変えたい」と思うなら言葉だけでなく結果を残していく必要がある。タトゥーを愛する人達による本気の攻勢を期待したい。

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白い木蓮の花の下で
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