『アラスカ物語』は「アラスカのモーセ」と呼ばれた日本人、フランク安田をモデルにした実話に基づく小説。
2026年になってからは「これぞ!」と思える作品に出会えていなかったのだけど『アラスカ物語』圧倒的に面白かった。今からかれこれ50年以上前に書かれた作品なのだけど読み応え抜群。有無を言わさないレベルの名作だとと思う。
なお現在、エスキモーは「イヌイット」と表記されるのだけど作中では作品が書かれた時のままエスキモーと記載されている。
アラスカ物語
- 明治元年、宮城県石巻で育った安田恭輔は十五歳で両親を失い、海への憧れから外国航路の見習い船員として旅立つ。洋上での困難を経て、彼はやがてアラスカ方面へと進み、過酷な極地の自然と直面するようになる。
- 安田恭輔はアラスカ北極海沿岸の沿岸警備船で働くうち、安田はフランク・ヤスダと名を変え、現地社会に触れていく。
- バローに留まりエスキモー(イヌイット)の女性と結婚した安田は、厳しい自然と疫病、食糧不足に苦しむ人々の救済に尽力する。独自の知識と行動力で移住計画を立て、新天地ビーバー村を築くなどリーダーとしての役割を担っていく。
感想
明治時代にアラスカで暮らした日本人がいただなんて、ちっとも知らなかった! しかも「アラスカのモーゼ」と呼ばれて尊敬されていただなんて。立派な人がいたものだ。
冒険に次ぐ冒険。しかも極寒の地!
言葉だけでなく文化、風習が全く違う世界に飛びんでいくフランク安田の勇ましさといったらたまらぬもがある。パソコンやインターネットのある時代ならまだしも、情報なんてまったくない状態で裸一貫からエスキモー(イヌイット)の社会に飛び込んで、日本人としての矜持を保ちつつエスキモーとして生きていくフランク安田の生き様に感動した。
フランク安田は先祖代々受け継がれてきた風習を守って生きてきイヌイット達に「新しい価値観」を押し付けようとしないところが素晴らしい。もちろん彼とてイヌイットの価値観を全て受け入れられた訳ではなくて何度となくすり合わせが行われている。
西洋人は「先住民族の風習」に対して「野蛮である」と言いがちだけど『アラスカ物語』を読むと先住民族の風習って案外理に叶ったものだということが分かる。
例えば。イヌイットの男は自分の妻を友だちに差し出して同衾させる風習がある。現代日本の価値観からすると「女性の人権をなんだと思ってるんだよ?」って感じなのだけど、イヌイットの男は狩りに出て死ぬことも多いため「自分が死んだ時に妻が友達の男の妻となって生きられる」って意味があったとのこと。アラスカの厳しい自然の中で家族が生き抜くためには西洋文化的な価値観ではやっていけなかったのだと思う。
能登半島の地震後に被災地復興が進んでいない中「能登半島なんて不便な場所は復興させる必要はない。そもそも限界集落で生きる意味って何なの?」みたいな意見を読んだことがある。確かにそれも一理ある。過酷な自然や不便な場所で暮らさなくたって、便利で過ごしやい場所で生きていけば良いのだ。
だけど『アラスカ物語』でイヌイット達が過酷な自然の中で知恵を駆使して生きていたことを知ると「人間はどこでも生きていけるものなんだな」と感じた。「わざわざアラスカなんかで暮らさなくても」って意見もあるだろうけど、それは歴史を築いてきた人達を全否定することになってしまう。
『アラスカ物語』は大河小説として面白いのもそうなのだけど「自分とは違う価値観で生きている人達を知る」って意味でも興味深い作品だった。読み応えのある長い作品なのですぐに再読るパワーは無いのだけど、落ち着いたらゆっくりと最初から読み返したいと思う。


