最近、私の中で王谷晶が熱い! 『ババヤガの夜』以降、王谷晶作品を次々と読み進めていて『父の回数』もその一環。今回は短編集。
小説を読んでいて「上手い」とか「下手」とか「文学的にどうのこうの」って以前に「よく分からないけど自分の肌に合う」って気持ちにさせられることがたまにある。肌感覚が似ている…と言うのかな。私にとって王谷晶は「自分の肌に合う作家」みたいだ。
自分の肌に合う作家の作品は面白ければ嬉しいに決まっているけど、そうでない作品だったとしても「読んで良かった」と思えてしまう。
自分の肌に合う作家と巡り合えるのは本好きとして幸せなことだと思う。たぶん…私は今、王谷晶との蜜月に突入している。
父の回数
- 表題作「父の回数」は、疎遠だった父の死をきっかけに、三十年以上没交渉だった母と葬儀の準備を進めることになった「私」の物語。父との関係を改めて噛み締めながら、淡々と日常的な作業をこなしていく。
- 他の収録作も一筋縄ではいかない人間関係が描かれている。姉妹と偽って同棲する女性二人、かつての同僚、偶然再会した人物……。はっきりした名前のつけられない関係のまま続いていく生活の中で、それぞれの孤立と依存、距離感が浮かび上がってくる。
- 登場人物たちは小さな選択を積み重ねながら、家族や他者との関係を抱えたまま、それぞれの日常へと戻っていく。
感想
収録されているどの作品もそれぞれ面白かった。統一性のない短編集だけど、あえて共通点を書くとするなら「特別に優秀ではない市井の人の物語」ってところ。それぞれ良かったので、どれも捨て難く少しずつ雑感を書き残しておく。
おねえちゃんの儀
同棲している女性カップルの物語。同性カップルは婚姻が認められていないため、日常生活をするにあたって様々な障壁がある…って話は聞き及んでいたけど、今でも部屋を借りるのが難しいみたい。
恋人同士なのに部屋を借りるための方便として「姉妹で暮らしています」って形にして同棲するカップルの物語。
彼女達が築いてきた日々を愛おしく思ったり、同性カップルの生き難さと社会制度の不備について考えたりした。
◀◀(リワインド)
いわゆるタイムリープ物だった。私は基本的にタイムリープ物が好きじゃないのだけど、この作品は面白かった。主人公が映画好きだった…ってとろこが大きいのだと思う。
映画好きの2人が少しずつ距離を詰めていく感じとか、主人公が奮闘するところが好ましくて、主人公を応援しながら読み進めた。ラストを書いてしまうと興ざめするので伏せておくけど、報われなさを感じつつ「良かったね」と思える作品だった。
父の回数
内容を書く訳にはいかないタイプの作品なので、どこまで書いて良いのか悩ましいところだけど、題名になっている「父」は清々しいまでのクズ野郎でとても良かった。
親と離れて成長する(離婚とか死別とか色々)子どもって、世の中には一定数いるけれど、個人的に「ずっと会っていなかった親とは連絡を取らない方が良い」と思っている。血が繋がっているから、親だから……て善人とは限らないのだ。少なくとも実子と離れても平気でいる人間に良い人はいないと思う(あくまで個人の見解です)
かたす・ほかす・ふてる
遺品整理とか「親の家を片付ける」みたいなところがテーマになっていた。40〜50代以上の人間なら、誰もが考えざるを得ないテーマ。
孤独死した親の部屋を片付けながら親を思う子の姿に切なさを感じた。
全編を通して感じたこと
収録作、どれもこれも面白かった。全編を通して感じたのは王谷晶のストーリーテラーとしての実力。そして「どれも手堅く面白いけど微妙に物足りない」って気持ちにもなった。
短編小説も嫌いじゃないけど、ずっしり重い長編小説を読みたい。
収録作はすべて深堀りすれば長編小説化も可能だと思う。物足りなさを感じるのは、どの作品も長編になり得る奥行きを持っているからかもしれない。
作家とて霞を食って生きている訳ではないので書きたいものだけ書いている訳にはいかないだろうことはお察しする。お察しする……とは言うもの。それでも私は王谷晶には早急に長い物語を書いて戴きたいと強く願う。それくらい王谷晶にハマっている。


