先日。生活保護世帯に育った子どもが東大に進学した人のnoteを読んだ。SNSで話題になっていたので読んだ人も多かったと思う。
とにかく凄い文章だった。文章…と言うよりも書き手の人生が。
世の中には「自分も本気出して勉強してたら東大にだってに行けた。自分は本気出してなかっただけ」みたいな事を言う人がいるけど、私は東大って普通の人には到底手の届かない大学だと思っている。
東大に通う子の世帯年収は1000万円を超えている人が大多数だ…って話は有名だけど、そこを突き詰めていくと中学受験まで遡ることになる。全国の有名私立高校の東大合格者数を考えたら想像ができると思うのだけど、東大合格者数をワンサカ排出している高校って、中高一貫の私立が多い。
難関の中高一貫の私立って、それこそ貴重な小学生の時間を捧げて勉強に全振りしたところで合格できるとは限らない。その努力は半端ないし、そもそもそこまでやって中学受験のできる世帯は日本でもほんの一握り。
もちろん地方の有名公立高校から東大に進学する子もいる。例えば…だけど大阪府の場合、公立高校ナンバーワンは圧倒的に北野高校だけど、北野高校に進学した9割の子ども達は中学時代に馬渕教室って言う猛烈にお高い塾に通っていた…って言う現実がある。
要するに東大に行くには本人の地頭と努力だけでなく親の財力が必要だ…ってこと。
もちろん財力によるブーストが無くても東大に合格できる天才だっているだろうけど、それこそ超少数派。その少数派の中でも生活保護世帯…となると、その苦労は察するにあまりある。
実際、noteの書き手の努力量は圧倒的だったし、それでもなお苦労されている。そんな中でも東大を卒業して研究職につかれているのは素晴らしいとしか言えなのだけど、読んだ後に胸がすくような晴れ晴れとした気持ちにはなれなかった。
普通に考えたら「苦労したけど努力して夢を掴んだ人の話」って言うのは読んでいて気持ちが良いはずなのだけど、失礼ながらnoteの書き手は夢を叶えてもなお幸せそうに見えないのだ。なんと言うか…社会や家族に対する憤怒の滲む文章だった。
誤解されると困るのだけど、私はnoteの書き手を批判しようと思った訳じゃない。ただ「世の中はどこまで行っても不平等だし、親ガチャってあるな」と思わずにはいられなかった。
東大に進学した人のnoteを読んだしばらく後。大阪に住む中学3年生の子が「北野高校に進学したいけれど、親が反対している」と言う話を目にした。北野高校は大阪ナンバーワンの公立高校。(娘も中学時代は北野高校を目指していたけど成績が届かなかった)
その子は北野高校に行くだけの学力があるけれど自宅から遠くて「そんなに勉強して学歴を付けたら家(農家)を継がなくなるだろうから駄目だ」と親が言っているとこのと。もしかしたら釣りなのかもしれないけれど、イマドキ…令和の時代にそんな酷い話ある? もしも私がその子の母親なら、そんなクソみたいな夫とは速攻で別れて子どもの希望を叶えてやろうと奔走すると思う。
……結局のところ、世界は不平等だし親ガチャは存在する。
世の中には虐待とかネグレクトとか貧乏とかヤングケアラーとか言うわかりやすい毒親だけではなく、パッと見では普通の親に見えていても問題を抱えている場合もある。
世の中には自分の不徳のいたところから困難に陥る場合もあるけど、自分ではどうにも出来ない困難に襲われることがある。生まれ落ちた環境は自分の力でどうすることもできない。
自分の望まない環境で生きる子ども達って、それを跳ね返せるほど強くなるか潰れるかの2択を迫られることになる。
これって本当に理不尽だし不平等だと思うものの他人が手を貸せることってほとんどない。
例えば…の話だけど金銭的な事だけなら公的機関の支援を得ることも可能(noteの人も公的援助を利用している)だけど、親子関係(人間関係)ばかりはどうにもできないのだ。
望まない環境で生きる子ども達が健やかに生きられることを祈ると同時に、大人として申し訳ない気持ちになる。
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