「渋くて面白い」「地味すぎて詰まらない」のギリギリのラインにある作品だと思った。
読む人によって、受け取り方は変わるだろうと思うのだけれど私は迷わず「渋くて面白い」に一票を投じたいと思う。
渋い…渋過ぎる。だが、それが良い。
破獄
- 物語の部隊は昭和11年青森刑務所。
- 主人公は犯罪史上未曽有の4度の脱獄を実行した無期刑囚佐久間清太郎。
- 獄房で厳重な監視を受ける主人公と、看守達の男の戦いを描く。
感想
第二次世界大戦の渦中、4度も脱獄を繰り返す主人公と主人公を脱獄させまいとする看守達の攻防を描いた物語。
罪の意識とか、贖罪とか言う堅い話というよりはむしろ男と男、人と人の戦いという類の作品だった。
脱獄物と言うと、スティーブンキングの『塀の中のリタ・ヘイワーズ』を思い出すが、あの作品のように、凝った面白さや、押し寄せる感動は感じられなくて、ただひたすらに地味な作りになっていた。
『塀の中のリタ・ヘイワーズ』はサッカーを観戦するようなもで詳しいルールを知らなくたって、充分に楽しむことができるとすれば、この作品は囲碁だの、将棋だのといった頭脳ゲームを観戦するようなもの。ルールを知らないと楽しめないし、たとえ知っていても、気を抜いたら、よく分からなくなりそうな感じなのだ。
犯罪を犯して刑務所に入る主人公を好ましく思えずに読み始めた私は主人公が脱獄を繰り返すたびに「次は、どんな風にして脱獄するのだろう?」などと、いつしか主人公を見守るようになっていた。
真面目過ぎるほど丁寧に書かれた文章は、いたって地味な仕上がりなのに、その地味さ加減が、渋くてとても面白かったのだ。
そして、特筆するべきは、地味に描写されているのに主人公や、その周囲にいる看守達の人間性が以外にも鮮やかに見える点だと思う。
「脱獄」という、それだけのことに全てを費やす人間と、その人間と対峙する人間の係わり合いが、妙に印象的だったのだ。
激しく感動するようなタイプのものではないのだが、しみじみ感じるというか、思いを巡らせるというか。
ラストが少し、ありきたりに小さくまとまり過ぎていた部分が残念だったが地味なのに、とてつもなく地味なのに面白い1冊だった。
「脱獄」を面白く読むのも良いし、じっくり物を考えてみるのも良いし、とにかく内容の濃い、優れた作品だと思った。