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もう消費すら快楽じゃない彼女へ 田口ランディ 幻冬舎文庫

一時期、活字好き、かつネット好きな人々を思いっきり熱狂させた「ランディ・ワールド」は私も、ご多分に漏れず夢中になっていた時があった。

しかし「ずっと共にしたい」作品と言うよりも「衝撃的で吃驚しちゃった」作品が多くて、しかも最近は「やや食い飽きた」感があって手を付けていなかったのだけれど、久しぶりに手に取ってみた。

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もう消費すら快楽じゃない彼女へ

池袋路上通り魔事件、TOSHIの洗脳、酒鬼薔薇聖斗事件、林真須美事件、野村沙知代問題、オウムなど、世の中を騒がせた社会現象の実相とは?

そして微妙なバランスの上で成り立っている現実世界の柔軟性の本質とは?

普通より少しだけ変わった人達の哀しくもいとおしい姿に共感しつつ、それでも変わらぬ日常のリアルの数々を綴るコラム。

アマゾンより引用

感想

『もう消費すら快楽じゃない彼女へ』は田口ランディお得意のエッセイ集だった。

文庫化されただけあって、時事ネタ的な物は賞味期限を過ぎているし、なによりも扱っているテーマは社会性の高い物が多いので、ちょっぴり堅い目で、真面目な印象を受けた。

ひとことで表現するなら「とても常識的な人が書いた文章」といった感じ。

彼女の作品は、ちょっぴりアウト・サイダーな人々を扱った物が多くて、うっかりすると「突拍子もない人」的な印象を持ってしまいがちだけれど、じっくり読み込んでみると彼女の意見は常識的で、真面目で、お堅い。

そこそこ年を経た大人の女性の意見であって、新しいところは何もない。

それなのに彼女の作品を評価してしまうのは彼女はアウト・サイダーになっちゃった人達、事件、事柄に対して頭から否定したり、嫌ったり、蔑んだりしないからだと思う。

たとえば「児童虐待事件」があったして……「それは悪い」「酷い親だ」「今の社会は歪んでいるのだ」などと事件を否定的に捉えるのは簡単なのだが、彼女はそこで「ちょっと待てよ」と考えてみる。

そして「やっぱり酷いん」と思いつつ、しかし決して頭から、それらの事を否定したりはしないのだ。曖昧と言えば、その通りなのだが、彼女の意見は、たいてい………(てん・てん・てん)のような形で締められている事が多い。

私は、この「てん・てん・てん」を彼女の「憂い」なのだと思って読んだ。

どんな事でも否定して、切って捨てるのは簡単なのだ。嫌だとか、嫌いだとか、理解できないとか、好きになれないとか……切り捨てないというのは、ある種の美学だと思った。

思えば私の日常生活は「切って捨てる」事が多いような気がする。

場合によっては「切って捨てる」事も大切なのだけれども考え方や、感じ方だけは切り捨てたるのを慎みたいと思った。

作品の中で作者が重度障害者のボランティアをする体験が書かれていたのが、とても印象的だった。

慣れないことに、とまどいながらも、作者は「あること」を発見する。「介護とは理屈ではなくて気持ちが良ければイイのだ」と。

たとえば、足の指のまたを丁寧に拭いてもらうとか、たとえば、熱いタオルを首筋に乗せてもらうと気持ちがイイとか。感情や思考とは別のところに存在する「気持ちイイ」という肌感覚。

恥ずかしながら私は福祉関係の仕事に就きたいと思い学生時代に肢体不自由児施設に、入り浸っていたことがある。

思いおこせば、あの頃は考えも浅かったし、今より更に馬鹿だった。

色々な体験をして、笑って、泣いて、考て、私が出した結果は私には肉体的にも精神的にも、そのテの仕事は向いていない……という物だったのだが得たものは大きかったと思う。

あの場所で私もランディ氏と同じく「気持ちイイ」って素晴らしい…と思った。

そういう場所で仕事をする人は、少し話が違ってくるかも知れないがボランティアなんて、立派な言葉をかぶせなくたって個人的に「気持ちイイ」を追求していけば良いんぢゃないかと。ボ

ランティア時代の経験を、ここで書くのは憚られるので亡父の看護をしている時に私がリアルで感じたことを少しばかり。

亡父の最後は、頭も、身体も、まったく駄目になった状態で俗に言うところの「食事の世話」「下の世話」は大事業だったのだが食事もとれなくなった時点でも「下の世話」をする時の亡父の表情は「気持ちイイ」そのものだった。

おチン○チン、キン○マの裏側に付いた汚物を拭う時の亡父の表情は男の性としての「気持ちイイ」ではなかったけれども人間として、生物としての「気持ちイイ」を感じていたのだと思う。

なにも「気持ちイイ」は介護だけに限った感覚ではないだろう。

ぶっちゃけて言えばセックスだってそうなのだしもっと身近なところだと入浴の時「はぁ。極楽」と感じる事もそうだし凝っていた身体を誰かに揉んでもらうことも当てはまる。

撫でてもらう、手を繋ぐ…といった基本的な動作だって当てはまる。

……もっとも、相手を必要とする行為の場合は相手に好意を持っているかどうかがポイントになるのだけれども。

身体で感じる「気持ちイイ」は人間にとってポイントが高いと思う。

もちろん、心で感じたり、頭で考えるのだって大切だし、どこを1番に持ってくるか、どれくらいの割合で感じるかは人それぞれだと思うのだけれど身体で感じる「気持ちイイ」は他の2つよりも本能的でしかも、しぶとく染み付いている感覚だ思う。

今の季節だと「春の日差しが気持ちイイなぁ」とか、そんな感じ。ココロも大事。アタマも大事。だけどカラダも大事だよなぁ……なんて事を思ったりした。

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白い木蓮の花の下で
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