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逝く春

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この春は、いつになく多くの人を見送った春だった。
母の従兄弟。Nさんの母上。
そして日記には書かなかったが、向いの婆さまの義息子。
そして私は1人勝手に凹みがちな春だった。
他人のことで、凹むというのは、無責任な感情のうねりだと思う。
これは自分を卑下しているのではなくて。
現実問題として考えるとき、自分の身に降りかかったことならば
凹むより、なにより目の前の事項を処理していかなければならないから。
今日は母が、向いの婆さまの娘さんと電話で話をしていた。
「人間がいなくなるのって大変なことですしね」
いやはや……まったくもって、その通り。
部外者はお葬式に参列して、泣いてお別れすればオシマイだが
家族ともなると様々な書類の片付け、遺品の整理、諸々の人付き合いなど
それは、それは大変だったりするものなぁ。
当然ながら、その日限りで、バイ・サラバーイ……てな訳にはいかない。
お悔やみの定番に「お疲れが出ませんように」ってのがあるが
誰が考えたのか知らないけれど、上手い言葉だと思う。
事態が落ち着いたら、ドッと疲れが出るだろうことは承知の上だが
「死んでしまった人よりも、生きているあなたが心配です」というような
控えめな優しさが込められているような気がする。
ま。定番として使われる場合は、そこまで考えて使わないかも知れないけれど。
閑話休題。
明日は愚弟の手術日である。
患部の状態がよければ、1度の手術で次のステップの手術へとすすめるのだが
イマイチ状態が良くなければ、また時間をおいて手術をすることになる。
神様、仏様、イエス様……誰でもいいので一発OKにしてやってください。
などと、思わず神頼みをしてしまいたくなる。
愚弟が事故にあった時は「命さえ助かれば」と思っていて
その後は「1本でも指が残っていてくれたら」と思っていたのになぁ。
余裕が出てくると、人間って生き物は、欲の皮がツッパッてくるようだ。
それでもやっぱり「誰でもいいので、ここは1つ……」などと祈りつつ
今日の日記は、これにてオシマイ。

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旧日記(エンピツ)
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